25日目 『推し、燃ゆ』

彼曰く、推しのいない人生は余生。


 ***


 振り切ってるな~

読み終わった後、いや読んでいる途中からもうその潔さに脱帽、瞠目せざるを得なかった。

ただの文字の羅列なのに、目の前に汚部屋の光景が広がる描写。

どこまでも推しについての感情でいっぱいで、生活というよりも命のすべてが推しのためにあるような生き様を見せられている感じだった。


『推し、燃ゆ』宇佐美りん


初めてのこの作者の作品は、私の今までの文学への考え方について、180度くらい変えたのかもしれない。

 自分にとってのすべては推しであり、推しが生きている間は私も生きていられる

そんな風に思えるほどの”推し”。

今の私にはそれほどまで熱を入れる相手はいないけれど、ときどきそういう人がいたのは間違いない。


まだ画面の中に、あの人の体温が残っている気がして、何度も何度もLINEのやり取りを見返してにやつく。

あの人の感じている世界、見ている世界を私も見たくて、その人の発言、買ったもの、見ているものをすべてメモして、部屋に飾る。

推しから発せられるものは、声も視線も、余すことなく受け取りたい。


「衝動に駆られて」行うようなことを、主人公・あかりは息をするように実行している。

その姿がとても現実に即しているとは思えず、なんともいえないちぐはぐな印象をぬぐい切れない。

母の小言を気にして自分をかばおうとする姉・ひかりの、吐き出すような涙を見て、「あたしは姉のように肉体に引っ張られて泣きたくない」と言っていた彼女。

推しを見ているときしか動かない彼女の現実が、推しの炎上報道から徐々に翳りを見せ始め、人気投票ライブの最下位結果、高校中退、祖母の死と悪い方向にどんどん進んでいく。

生活能力を推しへ貢ぐために放棄してきたしわ寄せが一気に押し寄せ、就職の話になったとき、ついに理屈が肉体に負けた。

あれだけ自分のことで泣いていた、「ああはなりたくない」と思っていた姉を横目に、泣いてしまったあかりの気持ちは、もうこの時点で取り返しがつかないほどぶっ壊れていたに違いない。


推しのいる生活、というのは人生の一つの指針だと思うけれど、ここまで振り切るとこうなってしまうんだな、という恐怖が感じられた。

決して怖いタイトルではないし、タイトルで予想のつくお話だけど、ここまで真剣に書かれるともはや気持ち悪いを通り越して恐怖でしかない。

這いよるような焦燥感と、いつまでも浸っていたくなる喪失感が体の中に入り込んできそう。


これを読んでみんなが同じ感想を抱くかはわからないけど、これだけは強く言える。

 のめりこむと人はここまで言ってしまうんやな…

何もかもを切り捨てて推しに貢ぐ生活はもはや尊い行いに見えてくる。

私が何かに本気になれない期間があるのは、たぶんそうなるのが怖いからなんだろうなと、ぽかんとした頭でそう思った。


そういえばしばらく感情を出した覚えがない。

いつか私も、理性が肉体に負けるときが来る。

そのとき自分の歩く道には先の見える道があるのだろうか。

今からとても不安になるな。

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