3日目 悲哀の恋①

彼曰く、きっと私はあなたを大事にしたいんだ。


 ***


人間にもいろいろな人生がある。

人生があったということは、それぞれの歴史があったということ。


大学生だった頃の私は、見ればわかるほどに華奢な男だった。

上京したばかりで右も左もわからず、同郷の仲間もいない、頼れる身寄りもなし。

そんな不安を抱えながら、これから始まる大学生活に少しばかり期待していた。

あるかもわからない希望に胸躍らせる、雪に埋もれた山菜のように折れやすく繊細な新入生だった。


そんなとき、大学のガイダンスで出会ったのがH。

彼女は気さくで、よく話しかけてくれた。

人と話すのが苦手な私も、言葉を交わす日が2日あくことはなかった。

笑顔を絶やさないはつらつさ、一方で横浜育ちのサバサバした性格。

浜っ子らしく家系ラーメンにはにんにくたっぷり入れるタイプ。

私の前で見せる飾らない気風の彼女の姿にひかれていった。

新しい生活になかなか慣れない、人見知りな私が、彼女に恋をするのも無理のない話だった。


ある年末、大学仲間4人と年越しをすることなった。

その一人がHだった。

仲間の家に集まった私たちは同じ鍋を囲み、紅白を見ながら談笑して、『絶対に笑ってはいけない』を見てまた笑った。

年越しそばを早めに食べてからは各々好きなように過ごした。

みんなで初詣に行こうといいだした奴は早々に寝て、家主は追っかけているアイドルの年越しオンラインライブに聴き入っていた。

私はというと、特にすることもなかったので、携帯をいじっていた。

こたつに入り込んでぬくぬくを存分に楽しみながらYouTubeを見ていると、Hがするりと私の隣に入ってきた。

当然のように入ってきたので驚いたが、私の気持ちを知る由もない彼女はいつもと変わらない笑みを向けてきた。

朝日がカーテンを薄く白染めする時刻まで、動画を見たり話したりして、笑ったり真剣になったりした。


このころには私も自分の気持ちを自覚していた。

真剣な話をしているときの彼女の目、淡く茶色の混じった瞳がゆるりと震えたのを見たとき、「この子を大切にしたい」というどうしようもない衝動が心の底に生じた。


それからも会う機会はあったが、残念ながら告白に至ることはなかった。

一緒にまたラーメンを食べに行ったとき、好きな気持ちを言いかけたけどさえぎられたのだ。

もしかしたら話の流れで気づかれていたのかもしれないし、それ以前からの態度で何となく察していたのかもしれない。

でも会うたびに真剣な話をされる私は、ひょっとしたら彼女にとって頼りがいのある人間と思われているのかもしれない。

そんな淡い期待が、彼女に会いたい気持ちを抑えられなかった。


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