18日目 待ちぼうけ

彼曰く、このままだとどうにかなってしまいそうです。


 ***


「どうすればいいんですかね・・・」

電話越しに後輩の心配そうな声が聞こえてくる。

本来なら私がついて行くべきタイミングなのかもしれない。

でも私が毎回ついて行くのはよくないかもしれない。

後輩の成長のためとはいえ、やりすぎかもしれないという気持ちはある。

でも同じように、時には苦労することも大切なはず。

不安もあるけれど・・・何とか乗り越えてほしい。

でも、それももう限界のようだ。

取引相手と直接交渉をしたいものの、相手がそれを望まないのであれば難しい。

もともと納期からかなり遅れている相手が悪いのだから、

こちらが優位なのは明らかなのだが、逃げようとするのは当然かもしれない。

あちらも、こちらも。

自分にとってつらいことはしたくないし、

都合の悪いことからは逃げたい気持ちもわかるけど、

それを乗り越えないと仕事にならない。

頑張ってね。


そんな気持ちで送り出したまではよかったけど、

荷が重かったのか、我慢の限界に達したのか、

つい本音が出てしまったらしい。

電話しながらでも緊張して興奮した声が伝わってくる。

上ずった声は怒りを含ませていて、でも溢れさせるのもよくないと理解している。

色んな感情が綯い交ぜになって、自分でもよく分かっていないようだ。

心配で電話してみてよかった。

ついて行かなかったことを後悔ばかりしていても、

先輩としての務めを果たせない。

状況がじかに分からない今、電話越しにでも話を聞いてどうするかを考えるのが、

私にできる先輩としての誠意なんだ。

たとえ顔は見えなくても、心情は理解してコントロールしないと。


後輩には完全なデッドラインがいつなのかを伝えた上で、

今日は引き下がるように伝えた。

これ以上今日残っていてもおそらく成果は上がらない。

だが上がらないと納品後の流れがだだ崩れになる。

これで作品が完成しないことはあり得ないけれど、

これまでの段取り、下準備がすべて無駄になる。

せっかくの自分の努力、他の作業者の労働がすべて無に帰してしまう。

それはこの仕事をする上でのプライドにもかかわるし、

何より後輩自身が一番もったいない思いをすることになる。

明日も同じように交渉するのであれば今日は体力を温存し、

万全の態勢で明日の交渉に臨んだ方がいい。

取引先もこちらの真剣さと引き下がれないところまで来たという事実は、

流石に理解しているはず。

最近業界に入ったわけでもないのだから、

自分の置かれている状況がどれくらいの危険度なのかもわかっているだろう。

そこに付け込んで、こちらの優位を崩さずにプレッシャーを与えるには、

あえて引き下がっておくのがいいと伝えて電話を切った。


「ありがとうございます、少し落ち着きました」


切る直前の後輩の言葉は、平静を取り戻していて、決意が込もっていた。

あとどう話すかは後輩次第。

自分はそのフォローができるように根回ししておく必要がある。

今週は忙しくなりそうだ。

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