3日目 チャミスル

彼曰く、今年はいいことがありそうだな~。


 ***


見た目のインパクトは、印象を残すためには結構大事。

顔が濃い人、目の大きい人、背の高い人、ふくよかが過ぎる人。

人間は知覚において8割を視覚に依存していると言われている。

目の前に物体があったとき、

それが丸いのか、四角いのか、細長いのか、平べったいのか、

大きさは、凹凸は、風を当てたときの動きは、色は、光の反射は、、、

など、視覚さえあれば対象の物体を認識することができる。

さらに写真や映像などの知識があれば、実物を見たことがなくても、

視覚情報と記憶処理の統合によって認識が可能だ。

これにより、送り仮名が間違っていても正しい知識があれば正しく読めたり、

物体のどこかが欠けていても元々の形を想像することができる。

特徴的な形のものであればシルエットさえあればわかってしまう。

トーテムポールや自由の女神像、身近なものでは箸やスプーン、フォークなど。

自分の親だったら後ろ姿だけで分かるのも同じじゃないかしら。


今、私の目の前には緑色の瓶が置かれている。

何やら液体が入っていて、ラベルには読めない文字が書かれている。

字面だけ取ればいかにも怪しい。

開けたら人間として負けてしまう気がする。

視覚に頼るだけでこれなのだから、味覚や嗅覚を使ったらどうなってしまうのか。

そもなぜこんなものが新年早々私の家にあるのか。

話は昨日の帰り道でのできごとだ。


終電で帰っているとき、私は乗り換えをした。

少し離れている所への乗り換えだったのだが、

出発する時点で最終電車を調べていたので特に焦ってはいなかった。

私の歩く速度は天下のグーグル予測より50%速いので、

乗り遅れる心配はしていない、いつもの歩きで改札に向かっていた。

途中エレベーターを待っていると横に立った女性が話しかけてきた。

「このエレベーター、改札行きます?」

「ええ、行きますよ。私もその改札です」

「ああよかった!ありがとうございます、もう終電なんでめっちゃ焦っちゃって」

「何駅までです?大丈夫だと思いますけど」

ここ一番でコミュニケーション能力をフル活用して、一般社会人らしく反応する。

終電に間に合って安心したのか、女性から焦りの色が薄れていくのが分かった。

彼女の方は乗り換えがあるが、私はこの改札のターミナルまでだったので、

若干心配そうな彼女に合わせて電車に一緒に乗る。

気晴らしになるかと話しをしていると、深夜テンションなのか何なのか、

お互いに不思議とハイテンションになってしまって、

電車に乗っても女子高生みたいなノリで話を続けてしまっていた。

他の乗客もいたのに、今考えると恥ずかしい。

いわく、夜に急に呼び出されて車でよくわからないところに連れて行かれ、

脈絡なく駅前に置いて行かれたらしい。

大学生らしいと言えば大学生らしい遊び、私も当時はやっていたりしたが、

今思えばアホな遊びだ。

彼女にとってはただ連れまわされただけなのだから、

ただ災難にあっただけとも言える。

不憫な子だけれど、私と楽しく話せたあたり、前向きないい子だと感じた。

これにこりて変な男に捕まらないことを祈っておいた。


そんな彼女から、

「私にはまだ早いかな~って・・・」と思わぬいただきものをした。

それが緑色の瓶である。

今思えば、会ったばかりの女性からもらった、

というより半ば押し付けられた形でもらったものを、

よく疑わずにもらったものだ。

私は危機管理能力をどこに置いてきたのか。

2年間の社畜生活で社会不適合性が更に増してしまったのかもしれない。

駅からの家路、普段通る道が異様に暗いことに気付いて、

言いようのない不安と、やはりよく分からない高揚感が心に降りていた。

これもきっと、楽し気な様子の彼女の影響かもしれない。

世間を知らない若い子の笑顔を見ると心が穏やかになるもの。

2021年も、楽しい1年になりそうだ。


そして問題の、もらった緑色の瓶・・・。

単なる韓国のお酒だった。

韓流ドラマでよく見る、パク・セロイが売ってたアレ。

もらったときからどうも見た覚えのある形だと思ってたし、

ラベルの文字もよく見たら韓国語。

裏の成分表示を見たらちゃんと日本語でも書かれていた。

調べてみると韓国ではこうした焼酎はメジャーなようで、

日本でいうビールのようなものらしい。

度数は強いが飲みやすい、女性への贈り物としても納得の品だった。

私の場合は贈り物自体が嬉しいからもらうけど。

これを贈った人は彼女に気が合ったのかもしれないが・・・。

四半世紀の見知らぬ人の手に渡ってしまったことは言うまい。

ひとまず毒でないだけよかった。

見た目に騙されることのない1年を過ごしたいな~。

澄んだ液体で喉を鳴らしながら、酔いの回った頭でそう思った。

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