14日目 荒廃都市

彼曰く、この世界はそれでも生きている。


 ***


少年は独り、歩いていた。


かつて文明が息づいていた世界。

森を開き、大地を固め、水を引いて、

人間が安住できる場として、国家というものが存在した。


国家は時代とともにいくつも生まれ、

多くの人々を取り入れ、領地を広げていった。

広げた先で他国とぶつかれば戦争が起き、多くの人間が死んだ。

戦争は一度では終わらず、新たな戦争の火種となり、

自国の誇りと自分の矜持を守るため、多くの人間が命を賭した。


止まない銃声、収まることのない戦火、

プロペラの音と戦闘機の飛ぶ音が空を埋め、

絶望のラッパを地上に轟かせる。

斃れた仲間を踏みつけて、相手の死骸を乗り越えて、

流れる血も気に留めず、なお目の前に存在する生物を屠ろうとする。

その姿はもはや人ではなく、ただ命を刈り取るだけのケモノだった。

血に飢え、戦いに飢え、死に飢えたケモノは、ただひたすらに命を貪る。

戦いの渦中で、人間という生物は存在しなかった。

否、存在してはいけなかったのだ。


その結果、人間はゆるりと衰退を迎えた。


陸地を血の海と化した国家にもはや住むものはなく、

資源は底をつき、資金も意味を為さず、あらゆる資産の持ち主が帰ってこなかった。

国家から生物の影は無くなり、国家そのものの持ち主もやがて絶え、

かつて人間という生物が存在した地上には、ただ荒廃した世界だけが残った。


この世界に争いはない。

抗争すべき敵はなく、取りあうべき資源もなく、

いがみ合う国家もなければ、共に暮らすものさえいない。

なにものも、荒廃した世界においては意味を為さない。

当然争うことにも意味はないし、それは瓦礫の山が示している。


求めるものがないのだから、生きることさえ意味がない。

かつてこの地上に繁栄し、生に執着した生物が求めすぎた結果。

それがこの荒廃した世界なのだ。


終わった世界で、少年は歩く。

自分がどこに向かっているのか分からない。

随分と長く歩いてきた気がするし、まだ歩き始めたばかりなのかもしれない。

おぼろげな記憶で、進む方向も定かでないまま、少年は歩みを進める。

なぜここにいるのか、少年には見当もついていなかった。

自分は何者なのか、なぜこの世界はボロボロなのか、

どうして自分は歩いているのか、進んだ先に一体何が待ち受けるのか。

少年には何も分からなかった。

当然、生きる意味さえ分からなかった。


だが彼は生に執着しているわけではない。

このまま死んでもいいと思っている。

もともと腐り果て、壊れかけた世界に生まれた命。

近いうちにこの体も朽ちることは、なんとなく分かっている。


かつて自分の横を歩いていた一人の老人が、

「お前はこの世界で最後の人間だ」と言っていたから。

その言葉の真意は分からなかったけれど、

自分が終わったら終わりなんだということは、妙に納得した。

死に対して恐怖がないわけではない。

老人の最期は痛ましいものだった。

自分では死ぬことを分かっていたのに、最後の一息になって突然暴れた。

大きな目的でもあるかのように、目を見張ったまま絶命した。

自分といるとき一度も開かれたことのなかった両目は、

死んでなおらんらんと血走っていて、醜いものだった。


自分にもその日がきっと来るのかもしれない。

そう思うと恐怖というより失望の念が強く押し寄せる。

しかし一度納得したことを諦めきれず、醜い執着を見せるくらいなら、

何も求めることなく、終わることを受け入れるべきだと信じ、

老人の隣で何日も横になってみたりもした。

雨を越え、強風が吹き荒れる中でも、そのままで過ごした。

老人の死骸を求めて野犬が群がってきても、その場を動こうとしなかった。


けれど少年は前に進むことを選んだ。

何かを求めたわけじゃない。

生きることに執着しようと思ったわけじゃない。

たぶん、本能的なものだ。

自分は前に進まないといけない、と。

たとえこの体がいずれ朽ちようとも、

この世界がどれだけ腐っていて壊れかけでも、

自分は前に進まないといけない、と。

そうすることに意味があるとは思えないけれど、

その先に、自分が進む意味が待っている。


そんな気がして、少年は崩れた建物の間を歩いていく。


「このあたりの建物は、仲間たち総出で作ったのだ。はじめは素人同然の人間しかいないもんだから、誰も図面なんて引けなかったし、頑丈な素材が何処にあるのかも知らなかった。

 だが私には成し遂げたいことが、この命を捨ててでも叶えたい望みがあった。

 この国に住むすべての人が、豊かで、楽しく、安心して暮らしていける。たとえ戦争が起きたとしても、火を流し、ビーム砲を跳ね返し、銃弾から守ってくれる、強固な壁と建物を作り、それをどんどんと広げていく。そうして作り上げる国でみんな仲良く暮らすこと。それが私の望みだった。

 仲間たちは寝る間も惜しんで、食べることも忘れて協力してくれた。ときにはバカ騒ぎもやったし、夜まで作業していたものだから、周りの人間の視線と苦情が絶えなかった。失敗ばかりが続いて、作業を投げだそうとした日もあったし、いたずらっ子に台無しにされたこともあった。

 けれど私たちはやり遂げた。この地上で、この世界で一番大きな国を作り上げた。理想とする国家を打ち立てることができたのだ。みんなが平和に暮らせるようになった、その頂点に私は立っていた。

 居城から見た景色は壮観だった。まさに世界は私のもの。この世界の人も、土も、水も、木々も、空も、海さえも、私の思うままだと感じた。

 私の人生の、間違いなく最高の瞬間だった。今の世界にはそれほどの輝きも無くなってしまったが、あの景色を見るために生きてきたと、今も私は思っている。

 ヤマトよ、お前も自分の目標を見つけなさい。自分のやりたいことが何かを自覚し、それを実行することだ。無理に生きることに意味を見出さなくてもいい。大切なのは理想とする願望を絶えず持ち続けることだ。自分が生きた意味は、必死に生きた褒美として、お前の人生という道の先で待ってくれているだろう」


しわがれた、よく耳に馴染んだ声が、風に乗ってどこからか聞こえた。

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