9日目 学び

彼曰く、自由過ぎたあのころも、学べることは多かった。


私はこれでも4年制大学を出ています。

学歴社会と聞き、学業にそれなりに打ち込んできた私としては、

「社会に出るには大学を卒業する必要がある」

という大前提があるものと考えて、

わざわざ大学に進学しました。

今となってはバイトしかしなかった期間でしたね。

もしかしたら私にとっての大学生活は本当にただのモラトリアムでしかなく、

大学生というステータスを獲得するためだけの行程だったのかもしれません。

取得した単位も必須の他はほとんど楽に取れるものばかり。

真剣に学ぼうという気はつゆと起こらず、

簡単なワークシートだけ、出席さえしていればいい、

テストはあるけど持ち込み可、過去問情報満載の先輩、

利用できるものは何でも利用して、

ひたすら上京したことによる弊害を取り戻そうとしていました。


すなわちお金と自由。

奨学金を借りつつも、求める生活水準はやはり高くなってしまいます。

親元を離れて初めての一人暮らし。

やってきたのは日本の中心、東京。

文化も、ファッションも、食べ物も、遊びも、

大学生というレッテルを使うことで、

普通の大人よりも少々安く、なのに同程度のサービスを利用することができます。

働くという義務はなく、

かといって学生としての束縛が少ない学部に進学したことで、

これまで時間を消費していた学業や部活動といった学校中心の生活から、

すべての娯楽が転がっている「自由な社会」に飛び込めるようになったのです。

子供とも、大人ともとれない境目の、

ふいに訪れた束縛フリーな生活。

これほどまでに自分本位で回る世界を、私は経験しただろうか。

はっちゃけて遊び呆けたのはいい思い出です。


果たしてそんな生活が、私に何をもたらしたのか。

自由の少ない、つましい生活ができる程度のお金。

待つことの多い労働時間、削られる自由時間。

学生よりも、大学生よりも、

厳しい現実が待っていました。

「大人になるとはこういうことか」

入社して、初任給が口座に入ったのをスマホで確認したときに、

ふと今までの自由な世界が閉じていくのを感じました。


開かれていた門戸はだんだんと色を無くし、

固く閉ざされて黒く染め上げられていく感覚。

気づけば真っ黒な闇の中に自分はいて、

前とも後ろとも分からない場所を目指して進んでいく。

その手に握られている鍵の束はこじんまりとした小さいもの。

大学生のときはいろんな種類の鍵があって、

色とりどりの世界の扉とつながっていた。

それが今では色の淡い、やるべき類の扉の鍵がほとんどです。

白い睡眠、うす赤い運動、うす青い休憩、うす黄色い食事、灰色の仕事。

ときどきビビッドな赤の映画、青の小説、黄色い漫画、緑のゲームとか。

あの頃の自由はどこに行った?

私がすべて、世界は私でできていると思っていたのは何だったのか?

私の世界は、一体どこに消えたのか・・・。


そんなふうに嘆いていたころ、落ち着く術を知りました。

私を知ること。

克己心。

すなわち、自分が何を求めているのか、

現状どういう存在なのか、

限られた世界の中で自分はどう生きていくべきなのか、

自己と深く語り合い、深め合い、

私に何が残っているのか、手に入れられるのは何なのか、

過去を見つめ、現実を捉えなおし、未来の展望に想いを馳せる。

そこで役に立ったのは、何も学ぶことはなかったと思っていた、

大学時代の生活でした。

仮にも一度は働くことを知っている身、

自分の能力がどの程度なのかを知る機会になりました。

対人関係?コミュニケーション?

生活態度?作業効率の能力?責任感?

自分の仕事の自覚?欲望?葛藤?対処法?

色んな背景を持った人が、色んな思想を胸に生きている。

そんな「社会」に出たとき、私に何が足りないのか?

社会に出るために必要なことは大学で学ぶと思っていましたが、

大学の授業で学んだことは、確かに少なく、乱雑で、

机上の空論に過ぎないようなことがほとんど。

皮肉にも、大学に無理して入った弊害を埋めるためのアルバイトが、

自分に足りないものが何を測る試金石になったというわけです。

結局、一度社会に駒を進めてみないと、

どんな困難が待っているのか分からない。

もちろん大学で学べることは面白かった。

でもそれ以上に、大学生という身分を使って楽しんだ、

アルバイトやサークル活動、インターン生活の方が、

何倍も自分の身になっているんですよね。


「大学に行っていないから頭よくない」という後輩と語っているときに、

ふとそんなことを思いました。

今思えばいい思い出。

もう少し親からお金をぶんどっていってもよかったかもしれません。

貴重な体験のできる期間だったことは間違いないです。

今に役立つ、多くのことを学び、実践することができたのですから。

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