3日目 美容師

彼曰く、信頼、これこそ手に仕事を持つものとして必要なもの。


暑い夏が来る。

ここまで梅雨明けが遅れてしまうと、

飽きもきっと熱くなると思いまして。

髪を切りに行ってきました。

久しぶりの散髪、美容院がやっていて本当に助かります。

自分が美容師だったら、自分でやってもいいかもしれませんが、

残念ながらそんな技術も資格もありません。

(国家資格の取得には長い時間と経験が必要な世の中ですから)

こんな時期でも営業しているお店、

迎えてくれる美容師さんに感謝感謝です。

太陽の照りつけるカラッとした空の下。

体に服が張り付かないように荷物を減らして工夫して、

いつもの美容室まで向かいます。


自粛期間が明けてすぐにお店に行ったとき、

美容師さんもお客さんも少なかったのですが、

今回はまさかの満席に近い状態。

繁盛しているようで何よりですが、

こんなに人がいて大丈夫?

コミケみたいに人の熱気で雲できたりしない?

そんなオタクみたいな感想が出てしまいました。

抑えなさい素の私、まだ日は高いわよ。


席に案内されて施術が始まってから気付きましたが、

店の中の人全員マスクを着けたまま。

一度ねじって耳にかけることで、ゴムひもを切らないようにしているようです。

なるほど賢い。

美容師は仕事柄、お客さんと話す必要が出てくるもの。

無口なお客さんならむしろ淡々と仕事をするでしょうが、

(それはそれで緊張感が生まれるので、まるでアーティストですね)

そういう人ばかりともいえません。

ましてやここは美容院。

オシャレ意識の高い男女の集まる場所。

1つの社交術として、世間話をするくらいの元気と意識の高い人種が多い。

髪色を長く保つには適切なシャンプーを選ぶといいですとか、

髪色に悩んだら普段選ぶ服装を参考にしてみるといいだとか、

スタイリングを簡単に済ませたいならこのヘアスタイルがいいだとか、

トータルでのコーディネイトを考えた話が飛び交います。


他にも美容院を開くなら青山はやっぱり憧れの土地(ここは吉祥寺なのに)だとか、

銀座へ電車でどう行くか(ここは吉祥寺なのに)だとか、

自粛期間中何をしていた(外出ちゃってるけど)だとか、

無駄で余分な会話も出てきます。

近い距離での会話は控えるようにと言われてしまう昨今ですが、

髪のケアに関する質問やファッションの悩みだとか、

最近の個人的ニュースを面白く楽しく話せて、

具体的な対策も教えてくれる人柄のいい人、

なかなか出会うことはできません。

職場の先輩が旅行先から帰れなくなった話だったり、

家の湿気がひどくて布団を外で干したけど、

梅雨で湿度が高かったせいで干したはずの布団が湿っていた話だったり、

久しぶりに飲んだお酒がおいしすぎて2時間かけて歩いて帰った話だったり、

面白いことも面白くないこともまとめて話してみたり。


たしかな着地点はありません。

永遠に続けようと思えばずっと続くくだらない話。

ちょっとした間が生まれようものなら、

すかさず共感の頷きやその場しのぎの相槌さえ入れてしまう。

それでも許してくれるし、許してしまえる稀有な存在が時々います。

心の底までは認めていなくても、

楽しい生活を過ごす中でいてほしいと思う人。

美容師さんはその一人、

自分の頭をさらけ出して、信頼を置いて任せられる存在です。

そういう人だからこそ日常の中の小さな幸せを話したくなる、

共有したくなるのです。

話し出したら止まらなかったりする、これが人間。

美容師っていう存在は、

衛生的な生活をする上で必要で、

同時にたまにしか会えないのに信頼できるからこそ、

好かれる人柄の人が多いのでしょう。

私の妹も美容学校に通い始めましたが、

そんな存在になってほしい。

試しに買ったケーキがおいしかったとか、

使ってみた化粧品が肌に合わなくて憂鬱だとか、

先輩は普段面白いのに仕事の話になるとつまらないとか、

自分に全然関係ない話でも笑って、あるいは真面目に返せるような。

会話のキャッチボールマスターになるには時間がかかります。

難しいかもしれないけれど、

たくさんの人と話す機会を設けて、

大人なコミュニケーションのできる人間になってほしいです。


信頼は、とても大切なんだよ。


そんな美容師さんがこの度転職するそうな。

例の青山にある美容室に入るそうです。

まだ半年と少しの付き合いですが、実に悲しいことです。

お店も気に入ってたのになぁ。

ただ追いかければその人の施術は受けられますから、

少し遠くても行こうかなと思います。

これこそ信頼の表れですかね。

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