7日目 風の谷のナウシカ

彼曰く、あの作品は、”すごい”の域を超えているね。


人の集まるところに行くところもはばかられる昨今、

映画館にはみんなが集まる理由があります。

世間の声に疲れ、抑圧に対する不満はすでに絶頂。

同時に命を脅かす恐怖に日々慄きながらも、

明日がいいものになっていると信じて生きている。

そのための第一歩として、

少しでも人々の、何より自分たちの日常を取り戻そうと、

日々躍起になって働いている人たちがいます。

そんな人たちのように、

自らの命を犠牲にしてでも、

他の人々を助けようと、

この世界の平穏を守ろうと、

1人先頭に立って脅威に立ち向かい、

戦った姫様を見た人は多いのではないでしょうか。


『風の谷のナウシカ』

まさに自然の脅威と戦い、

人々の戦慄や蟠りを解きほぐして、

誰もが優しくあってほしいと願う彼女のことです。

ナウシカ。

いいですよね~、凛々しくもおてんばなところも垣間見えて、

お姫様なのに憎たらしいところが1つも見えません。

高貴な人でありながら、

谷の人々と普段から話し、

一緒に遊んだりご飯を食べたりすることで、

他の人たちの日常に浸透しているからです。

純粋で、まっすぐで、好きな人以外にも懸命で、

真っ向からかかっても勝てる気配がありません。

子どもたちにも、お年寄りにも、少し年上のお姉さんやお兄さんにも、

信頼する城おじたちにも、尊敬する勇者ユパにも、

優しくきれいな目を向けて、親愛をこめて接しているのです。

しかもその情は蟲たちや腐海にも向けられています。

蟲と心を通わせ、腐海の本質は何なのかを1人探求し、

世界の本当の姿は何なのかを見出そうとしています。

目の前の欲ばかりだけでなく、

世界というものに対して常に目を向け、

本質を探ろうとするひたむきな姿にほれぼれします。

こんな人に私もなりたかった・・・。


そんな優しいナウシカでも怒るときはある。

父であり、谷の長であり、皆の尊敬を集めていたジルが殺された時です。

このときばかりは目の前の光景に怒り狂い、

トルメキア帝国の中でも精鋭部隊であろう、

コルベット部隊を圧倒します。

剣を取り出した瞬間に折られ、気絶したクロトワが実に惨めです。

意外にクロトワ好きなんですけどね、うだつの上がらない平民さんで。

それはそれとして、ここの作画が素晴らしい。

動きにタメをちりばめることで、

そのあとの走りや殴りという激しいアクションが際立ちます。

前までのシーンでニコニコと笑ったり、

優しく王蟲やウシアブに語りかけて森に返したり、

子供を優しく抱きかかえたり、

そんな一面からは想像しがたいシーンです。

それ以降、これほどまでに激しく怒るシーンはありません。

だからこそ、この数十秒間の爆発が衝撃的に映るのかもしれません。

平穏を望んでいた生活に突如として降りかかった災厄が、

彼女を闇に取り込もうとするところにユパ様登場。

このおじ様の体幹は一体どうなっているのでしょうか。

辺境一の剣士の二つ名は伊達ではないのです。

ペジテの船を襲ったコルベット部隊を襲った時も、

隊員など虫けらのように跳ね飛ばし、飛び越え、

一瞬で隊長を降伏させています。

一度でいいからユパ様の本気のアクションを見てみたいものです。

強すぎて逆に作画されない可能性もありますけど。

それ以外にも巨神兵を乗せた大型船の爆発や、

巨神兵が王蟲の群れにビームを放った爆発はすさまじい。

破壊力はさることながら、勢いと物々しさが同居していて唖然としてしまいます。

ナウシカがメーヴェに乗って飛んでいるシーンも見応えがあります。

冒頭のユパを助けるシーン、

風の谷に帰るために風に乗ろうと駆けだすシーン、

大型船に近づくシーン、

虫に襲われるアスベルを助けるシーン、

コルベットの小型船から雲に沿って逃げるシーン、

王蟲の子を助けようと囮の船と交渉しようと試みるシーン・・・。

他にもありますが、これらのシーンはアクションも織り交ざっていて、

かつ彼女の飛行能力の高さをうかがわせるシーンでもあります。

ユパ様も言っていますが、ナウシカは風をよく読める人なのです。

絶対当たっていてもおかしくない銃弾に当たらないのもきっとそのおかげです。

主人公補正というのもあるでしょうが、

ここではそんな野暮なことは問いません。

一方でヘビケラの尾部の突起にぶつかって墜落してしまいますが、

その結果ナウシカとアスベルは腐海の深部に入り込み、

そこで腐海の真実を目の当たりにすることになるのです。


このシーンはこの作品を理解する上で非常に重要です。

文明が滅びたこの世界で、人類は腐海と蟲におびえ、

毒と瘴気に身を犯されながらも生きています。

ではそもそも腐海とは何なのか。

蟲は何のために存在し、腐海を燃やそうとすると襲ってくるのか。

大ババ様が語るように、腐海を焼こうとするたび、

王蟲をはじめとした蟲たちが地を埋め尽くす波となって押し寄せてくる、

”大海嘯”とは何なのか。

ナウシカは城の中の秘密の部屋で研究してきたため、

腐海の木々がちゃんと育てれば毒も瘴気も出さないことを知っています。

きれいな水と土さえあれば、美しい森ができることを。

しかし現実は違います。

世界にある海は強い酸性を含んでおり、

地上の土は植物の育たない荒れた砂漠地帯。

いずれも旧世界に勃興繁栄した高度産業文明により汚染され、

自然の住処を脅かされた結果としてある残骸。

その上に広がる腐海と呼ばれる森を成す植物が、

清潔に育つはずがないのです。

しかしその腐海の底では風の谷の城で汲み上げたのと同じ水が流れ、

井戸の底にあるのと同じ砂が辺りを満たし、

漂う空気は毒も瘴気も含みませんでした。

腐海が地上の世界を浄化しているのではないか、という考えが生じるきっかけを、

はっきりと見せているシーンなのです。


そこからのナウシカの行動は実にまっすぐです。

腐海を燃やすことなく、とはいえ風の谷の人々を助けなければならない。

腐海の真実を1人胸に抱え、親愛する人々を助けるため、

故郷に急行するのです。

人も蟲も、等しく愛する彼女は、

囮となった王蟲の幼生とともに、大海嘯の渦に巻き込まれます。

自分が死ぬことも厭わず、

まっすぐで強い目を向けたまま。

波に飲まれる様は”ガシュッ”という無情な効果音の効果もあって痛々しく、

死んでしまったかと思った人も多いでしょう。

プロット段階では一度死んでいるパターンも考えられていたそうです。

しかし彼女の挺身と友愛は聞き届けられます。

王蟲たちは攻撃を止め、ナウシカに向いて触手を伸ばし、

祝福するように空へと掲げ上げるのです。

盲目の大ババ様が、

青い衣をまとった救世主が金色の野に降り立ったと錯覚してしまうように、

人と蟲との間に絆を結んだ瞬間がラストを飾ります。

輝かしく壮大な音楽、人々が一斉に駆け寄る映像、

大巨編にふさわしい終わり方に誰もが魅了されたことでしょう。

回想シーンで大きな大人の手は武骨でどこか恐ろしく描かれましたが、

蟲を愛でるナウシカに伸びる手はどれも温かみがあり、

慈愛に満ちているようにも見えました。

木々を愛で、蟲と語り、風をまねく鳥の人。

まさに集落を守らんがために一陣の風と共に舞い降りた、

皆に敬愛される救世主となったのです。


すごい。

ここまでの物語の描かれ方がすごい。

小学生並みの感想にしかなりませんが、すごいの域を超えています。

絵にも、音にも、話にも、人々にも、

すべてに圧倒されてばかりでした。

こんな作品を作ることができるのでしょうか。

そんな弱音がでてしまう反面、

これほどの作品を作りたいという野心も沸いてくる気がするのです。

すごいすごい、とばかり言わずに、

すごいものを作りたい。

ナウシカのように何物にも敬意を表し、

親愛の情をもって接することができるように、

成長していきたいと思うのです。


それにしてもまだ漫画版を読み切っていないことが悔やまれます。

いえ、読んだことはあるのですが、記憶が曖昧で忘れた部分が多いのです。

映画版とは違う結末へとつながる漫画版『風の谷のナウシカ』。

映画では語られることのなかった世界の本当の姿が描かれています。

腐海とは、旧世界とは、ナウシカたち現人類の未来とは。

今回は現代の環境問題や公害などの話は端折りましたが、

宮崎さんらしくそれらのテーマも十二分に織り込まれています。

それは映画だけでなく、漫画でも同じこと。

読んだことのない人は、是非とも映画鑑賞後に読んでおきたいです。

私も含めては言わずもがな。

”すごい”世界へ没頭できることでしょう。

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