15日目 コメント

彼曰く、誰かのための、小さな助言、それはひっそり、どこかにある。


「この件、前の打ち合わせを踏まえて検討しなおしておいて」

分かりましたー。

これで先方のリアクションを待って、確定したらフローを進める、っと。

これでこの件について今日できることは無くなった。

先方とかなり揉めたりしてしまったけれど、

何とか方向性が決まって、とっかかりが見つかってよかった。

やっと次の段階に進むことができる。

まあ、そうはいっても次が最後なんだけれど。


「ようやくケリがついたな、良かった良かった」

お、先輩。

部署で進めている企画の中核を担っているだけあって、

色々な方向に顔が利く、頼りになる人だ。

寡黙なイメージがあって、近寄りがたいオーラがあるけれど。

今回に関しては、先輩の力なしでは次のステップに進めなかっただろう。

私が1人で1週間ほど決めあぐねていた方策を1時間で導き出したのだから。

「ありがとうございました、ほんと助かりました!」

「いいのいいの、うまくいったし。俺は何もしてない」

これである。

自分の手柄をあまりひけらかさないのだ。

感謝やお礼もあまり素直に受け取らない。

ある意味いい距離感を保ってくれている。

避けられているわけではないけれど、

何となく強者と弱者の間にある壁みたいなものを感じる。

でも仕事では無駄に主張したりしない、人格者だ。

話の主体はあくまで私として、先輩は美味いこと口添えしてくれた。

それに嫌な方向に進みかけたときのかじ取りもうまかった。

相手の表情や返答が渋いものになったところで、

ここぞとばかりに腹案を出してくる。

そうすることで話のペースをつかんでくれた。

私じゃそうはいかなかっただろうな。

おかげで企画が随分進んだ気分だ。

マラソンのずっと序盤にいたのが、気付けばゴール手前にいる、みたいな。

そんな感じだ。



「この資料、コメント残したから。ちゃんと見ておいてくれ」

2週間前、そう言われた私は途方に暮れた。

コメントってどれのこと?

そう、分からなかったのだ。

コメントの言っている意味が何なのか、ではない。

先輩の言うコメントが、どこにあるのか、が。

このタブを開けば出るのかな?

資料とは別にあるのかしら?

あ、もしかして、さっきのメールと一緒に通知が来ていたやつか?

その程度、聞けばよかったものなのに。

私は聞く機会を逃していた。

1週間も。

気付けば資料を作って1週間。

毎日見ていたわけでもないので、

何が必要で、何が問題なのかも分からないまま、

募る不安と打ち合わせの日程だけが近づいていた。

これはマズイ。

何も進歩がないぞ私。

勇気を出して聞くべき時だ。

昼食休憩が始まる前の今がチャンス。

「先輩ちょっといいですか」―――。



コメントの場所は簡単だった。

スプレッドシートの右上。

去年の旅行で撮った写真が私のアカウントであることを示す横にある。

マンガとかで見る会話の吹き出しマークがそれだった。

クリックすれば、コメントの一覧が表示された。

むう、まさかこんなところにあったとは。

いくら機械音痴とはいえ、アカウント画像の横にあるマークに気付かないとは。

灯台下暗しとはこのことか。

なんか違う気もするけど。

ついでにスプレッドシートの効果的な使い方や、

ショートカット、分かりやすく表示するコツを教わった。

覚えること、多すぎなんだよなぁ・・・。

ともあれ、私はまた一つ成長したということだ。

自分の中での分からないことが、一気に3つも減ったのだ。

資料の中の書き間違いや引用ミス。

皆が便利というスプレッドシートの使い方。


そして。


コメントマークをクリックする。

『ここは新しい資料の数字に書き直そう。

前よりもまとめ方が上手くなってきてるな。

この調子だ、考えられるようになった証拠だな。

来月の打ち合わせ用の資料もよろしく頼む。

分からないことは聞いてくれればいいから。』


寡黙な印象のある先輩が、コメントでは優しいこと、かな。

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