7日目 日課

彼曰く、日常があることに感謝しよう。


目が開く。脳が起きる。天井の色が見えてくる。

いつもと変わらぬ角度から、太陽の光がおはようと言ってくる。

カーテン越しに流れてくる、小鳥たちのさえずり。

葉擦れの音が混ざり合い、穏やかな朝の訪れに歓喜している。

まるで朝に呼ばれたみたいだ。

そんな妄想をしたまま、窓の外を見やるといつもと様子が違うことに気付く。

昨日よりも淡く暗い、灰色がかった空気がうっすらと辺りに立ち込める。

曇りがちな空の合間から、雲より高い場所に届く太陽の光が下りてくる。

当の本人はまだそれほど昇っていないようだ。

どうやら太陽もまだ眠気が残っているらしい。

昨日と同じ目覚めと思っていたけれど、今日の覚醒は早かった。

久しぶりの早起きだ。


いつもと違う時間に起きたといっても、急に何かをする気にはならない。

いきなり走り込みを始めてみたりとか。

凝った料理を朝から仕込んでみるとか。

遠出するための準備をしてみるだとか。

普段気にしない掃除をしてみるだとか。

気分を変えて勉強を始めてみるだとか。

ネットであれこれ買い漁ってみるとか。

そういうことはやったりしない。

突然の出来事に脳は驚いてしまうから。

せっかくゆっくりとした朝を迎えることができたのだから、

ここはあえていつもと同じ朝のルーティンを遂行したいところ。

いつも通りの朝の日課。

最近はやりのモーニングルーティンという奴だ。

とはいえ動画配信者でもない私は、カメラを回してみたりもしないのだけど。


昨日はふと思い立った散歩をしたけれど、あれは昼だったのでカウントしない。

実は朝に一度起きていたのだ。

だから昨日と同じことをするまで。

ベッドを離れてまずお湯を沸かす。

給湯ポットではなく、やかんに水を汲んで。

一度沸騰するまで待つ。

その間とくに何もしない。

飛び跳ねたりも、逆立ちしたりもしない。

朝から疲れることはしたくない。

どこを見つめるわけでもなく、何も考えるわけでもなく。

つま先立ちをしたまま、やかんが鳴くのを待つ。

鳴いたら火を止めてそのまま5分。

一度やかんの中で気を溜める。

深い理由はよく知らない。

そうするのがいいとYouTubeで見かけた。

ダイエットとかにいいのだとか。

別に痩せたいわけではない。

しいて言えば冷え性なところがあり、消化器の活動にいいらしいからだ。

体にいいことならばやって損はないだろう。

そんな曖昧な理由も忘れ、ただボーっと5分待つ。

つま先立ちは変わらない。

カップに注いであとは飲める温度になるまで自由時間。

もう一度ベッドに転がってみたり。

体のあちこちを伸ばしてみたり。

開かない瞼を無理やり開けて目薬を投入して見たり。

少しだけ気になるところの埃を取ってみたり。

昨日読み残した小説の続きを読んでみたり。

やることは大したことない。

時々あくびをはさみながら、いつもの朝が過ぎるのを、浮いた心で見つめている。

「今日もいい朝だなぁ」

一言口からこぼれ出る。


いつの間にか12時が近い。

のんべんだらりとしていたら、気付けば朝がなくなっていた。

動画を見ていたら過ぎる時間。

これもまたいつも通り。

少しだけ公開するのもいつも通り。

そんな変わらぬ日常を過ごせる。

いつもと同じ、穏やかな朝を迎えられる。

少しくらいは慌てふためいてみたりしてもいいかもしれないけれど。

これくらいの日常が、今はちょうどいい。

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