8日目 黒
彼曰く、それは突然やってくる、君も気を付けることだ。
(それが、彼の切れ際の言葉だった・・・)
部屋は自分のものと思っている人がいる。
もちろん一軒家であればそういう言い方もできるでしょう。
自分の家の中の、自分のための部屋。
勉強のため、趣味のため、物置のため、運動のため。
用途は様々で、大きさもそれぞれあるでしょう。
部屋の中の家具も思い通りで、自分の好きなようにアレンジできる。
季節によってレイアウトを変えれば、季節の変わり目も楽しく過ごせる。
家を出ることもなく、プライベート空間に季節を呼び込むことができるのです。
しかし部屋とはそもそも「自分のもの」とは言えません。
自分の所有物だという証明。
それは自分が作り出し、自分の能力の範囲で管理できるもの、ということ。
権利を生み出し、管理するのが自分であれば、晴れて「自分のもの」となる。
よって建築家でない限り、部屋が自分の所有物であるとは言い難いところがあります。
自分で建て、自分で住むことが目的であれば、それは「自分の部屋」となる。
社会ではそれを利権化し、生活を最低限営むことができるように法秩序が形成されており、法の下で部屋の所有権を移譲されている。
そうしないと人間が暮らしていくには効率が悪すぎるからです。
資産があれば契約を締結でき、社会生活の基礎を担保される。
資産がなければ権利は剥奪され、「自分のもの」という契約は破棄される。
多くの人が言う「自分の部屋」というのは所詮、書面上の名前に過ぎません。
分かりやすいのは著作権でしょうか。
これを無視した状態で著作物を利権化することは罰則規定に該当する。
契約上にないのに、借り部屋に無断で人を泊めて金銭を取ることは禁止されている。
人が生きる上で、各個人の権利の行先は厳重すぎるほどに管理されている。
人は意識していないまま、自然と秩序化された世界に生きているのです。
さて、そんな秩序が保たれているはずの私の部屋。
住み始めて1年と少し。
ようやくレイアウトも固まり始めた今日この頃。
昼寝を貪ったまま夕方を過ぎた部屋の真ん中で私は目覚めました。
そろそろご飯が食べたい時間。
ご飯は炊いてあるし、冷蔵庫の中に何かあったかしら。
目をこすりながら冷蔵庫のある廊下へ向かいます。
そこで私の足は止まる。
眠たいはずの意識が徐々に覚醒し始める。
顔の筋肉はまだ起きていないらしく、今どんな顔をしているのかは分からない。
だが笑顔でないことだけは分かる。
秩序が保たれているはずの私の部屋に、
秩序を引っ掻き回す悪の権化がいたのですから。
黒くて平べったい、体と同じくらいの大きさの触角を伸ばして辺りを探る。
そのまま不思議な悪の力で金属でできた壁を上り、
これまた不思議な悪の力で食器類を入れた扉を下っていく。
突然現れたそれにより、私の部屋の秩序は無残に破壊された。
***
社会とは所詮、人間が自分の居住区画の秩序を守るために作ったもの。
法律によってすべての人を守ることができるし、攻撃もできる。
しかし、法律がすべての生物に適応されるわけではないのです。
それの存在は、悲しい現実を訴えるには十分すぎました。
どんなに気分を害しても、法律はそれを攻撃できません。
それにとって部屋に区別はない。
餌のある所ならばどこへでも行く。
無秩序の点を見つけ出し、入り口を見つけては無秩序を広げていく。
無秩序に置かれた野菜のカス、
忘れられたように置かれた食べ残しの食器、
棚の奥に隠れたゴミ、
人の目につかないところで溜まったナニカ。
部屋には様々な無秩序があります。
それは自然なものでもあり、人為的なものでもあるのです。
住むという活動をする以上、ゴミが溜まることは自然であり、人為的なことです。
そしてそれは、秩序で守られているはずの部屋の中で無秩序を見つける悪魔です。
全く予想もしないタイミングで、突然現れるのです。
「自分の部屋」とはいうものの、人間以外の何かは常に入ることが自然によって許されています。
許可されていないのは所有権を移譲されていない人間だけ。
犯罪という言葉の通じない相手に、気を許してはならないのです。
***
ゆっくり降ろした手でスリッパをつかむ。
距離50、敵方に動きなし。
出力十分、最大出力で連続5発まで射出可能。
目標補足。
3、2、1・・・、ファイア!
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