4日目 夢
彼曰く、夢は一時浮かんだ泡であり、心の鏡でもある。
長く泡が残るほど本心が浮き彫りになり、泡を守ることは難しくなる。
「あんな夢を見るなんて・・・、どうかしてる」
梅雨の冷気を感じるじめじめした朝。
寝起きの顔。
垂れるよだれ。
合わない視線。
ぼさぼさの髪。
はだけたパジャマからちらりと除く、だらしない自分の体。
こんなに寝相は悪かったかな。
多分さっき見た夢のせいだ。
必死で逃げ回る様子を思い出す。
現実とは思えない光景だった。
夢で見た世界ではなく、逃げ惑う自分の姿が。
まさしく痴態、恥ずかしい、きっと夢であってくれ。
そう思うのは、何故か生々しい感触が全身に残っていたから。
本当にあれは夢なのか?
自信のない声とともに大きなため息がこぼれてしまう。
いけないいけない。
溜息をしすぎると幸せが逃げるって、仲のいい飲み仲間が言っていたっけ。
あいつに今日の夢の話をしたらきっと笑って「忘れてちまえ」というだろう。
面白いことに目がなくて、常に楽しい話を見つけることに余念のない人だから。
夢の話を肴にして、何度も酒を飲んだものだ。
夢っていうのは残酷だ。
自分の心を浮き彫りにする。
自分の精神状態や置かれている状況によって、登場人物も場所も変わる。
世界は全然違うのに、結局傷つくのは同じ場所。
どうすればいいか分からないときほど夢を見る。
逃げ出せなくて困っている。
追い詰められて泣きたくなる。
そんな夢を見ることが多い。
幸せな夢なんてなかなか見れない。
見えているのは夢の先。
覚えているのは都合のいいカケラだけ。
つぎはぎだらけの記憶を話せば、当然つじつまは合わなくなる。
夢の話をしたときは、だいたい笑い話になる。
・・・いや、一度だけ笑わなかったことがあった。
あれは大学生の頃か。
アルバイトを一緒に上がり、常連の居酒屋で愚痴と馬鹿な話で酒を浴びた。
毎度の定番になっていたこのルーティン、その日も同じように過ごした。
だが途中でレールが外れる。
「・・・だからさ~、本気でユーチューバーになろうかなって思うんだよね!」
最近の動画配信サービスの盛況ぶりを見て思っていたことをこぼす。
きっと笑われるだろうなと思い、今日イチの冗談のつもりで言った。
しかしあいつはなぜか乗ってきた。
そうだな~わかるぞ。よし、頑張れ、お前ならできるさ。協力しよう。
おいおい、笑い飛ばしてくれよ。
いつになく本気の目立ったからな。
冗談のつもりだったんだが・・・。
お前が本気と言ったら本気だろう。本気の夢を見る人間の目は輝くのさ。
そしてあいつは、酒をあおってこうシめた。
「夢を見る目が輝きを失うのを黙ってみるくらいなら、
長く輝いてくれるように見守る方がいい。」
夢は一時浮かび上がる泡のようなものだ。
気まぐれに現れ、気まぐれに消える。
一瞬のスキを見逃すと、次に現れるのがいつになるかは分からない。
だからこそ、夢を見る人はその瞬間をつかみとることに躍起になる。
一度つかめば、その先に透けて見える光が一層輝いて見える。
虹をまとって見えることもしばしば。
しかしその懸け橋を失う人は大勢いる。
一度失えば、取り戻すことは難しい。
夢に行きつくには様々な障害が待っている。
変わらない結果からは逃げ出せない。
罪をかぶれば追い詰められる。
心の傷は深く刻まれ、泡はひしゃげてやがて消える。
そうならないようにするのはとても難しい。
だが解決策を見つければ、夢を追いかけるのは楽しいことだ。
「そんな面白い話あるかよ、冗談だろ!?」
親友の大きな笑いが響く。
あのときの同じ居酒屋で、いつものように今日の夢の話をした。
過去に戻った自分が自分自身とばったり会って、悪だくみで親を驚かしたら、
実は相手も同じことを考えていて、しばらく過ごしていたら、
どっちが戻らないといけないのか分からなくなって、
時空警察に追われる身になる、という意味不明な話。
いつもの酒を飲みながら、やっぱりアイツは笑ってくれた。
最近毎日笑っているという。
夢が笑われ、輝いた日から、アイツは僕を笑ってくれてる。
きっと画面の向こうでも笑ってくれている。
毎日つらいこともあるけど、笑ってくれる人がいると思うと救われる。
夢の先の光まで、僕の虹は続いている。
この世界で生きることは難しいけど、きっと僕は大丈夫。
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