27日目 情報
彼曰く、情報戦国時代、それが今の世の中だ。
東京という場所は非常に狭い。
世界に数ある国の中の、技術的にも文化的にも政治的にも先進的な国々がかつて起こした国際連盟に所属し、かつ所属する様々な国のまとめ役、相談役としての立場にある主要7カ国が一つ。
そして歴史的にも多くの犠牲を受け、あるいは犠牲を払い、ヨーロッパ列強に追いつき追い越さんがため、数多の非難と称賛を交互に浴び、結果的に重大な地位を確立した雑草魂とド根性精神から成る東洋の島国、日本。
小さな島国に乱立する自治体を収め、各所のトップを収めながらも、己の身を置く場所に、国会、最高裁判所、自衛隊、警察トップ、各業界企業のトップなど、国全体経済、法治、政務の統治を請け負う重要機関たちを内包する、最重要拠点、東京。
そんな東京で今、大きすぎる熱をもって食を求める者たちが騒いでいる料理の一ジャンルがある。
それがラーメンである。
私の隣に座る彼もその例に漏れず、全国津々浦々のラーメンを食べ歩いてはレビューを書きまくっていると噂されている、ラーメンマニアのうちの一人だ。
見た目は若干気弱そうで、押しても引いても倒れそうな男である。一歩間違えれば中学生と間違われてもおかしくない。実際は受験を控えた高校3年生である。
陰気なキャラというわけではない。自分から進んで意見を言わないだけであり、周りの意見を尊重して全体の統率を自然にやってのける。学業はそこそこ、スポーツもそつなくこなす。そして自分のことは周りに見せたがらない。恥ずかしがり屋なのである。
しかし彼には裏の顔がある。
ネット上で月に一度、世のラーメン通たちが更新を待ちわびているブログ「ここが僕らの
そこでの評価は料理評論家も顔負け。味はもちろん各店のこだわりポイントを網羅するだけでなく、同系統の店舗比較、系列店の存在やそれぞれの営業時間、店長のこぼれ話や味の秘訣まで、マニアが唸るような情報がまとめられている。☆の数とレビューの文面が多いほど、評価は高いとされている。
かくいう私もブログをお気に入りに登録して利用している。高評価が気になって行った店は確かに外れなく、どれも一流と呼ぶにふさわしいと感じた。
こうした情報はブログ上に定期的に流されるため、更新直後は非常に行きづらく、私の家の近くであっても例外ではない。ネットの海の住人たちのアンテナは、一介の高校生である私とは比べるべくもなく大きく高く広いのである。
だが、世界から見れば小さい国の、さらに小さな一都市の、そのまた小さな一地域に住む私でも、17年という少なすぎる歴史しかなく、過去に非難も称賛もそれほど受けた経験のない私でも、彼ら大きな存在に勝るものがある。
「あの店、早く駅前に出してくれないかなぁ」
学級日誌を出すのは日直の当番である。歴史ある私の高校では男女一人ずつが日直となり、各クラスの一日の雑務を持ち回りで引き受けることが義務とされている。このような義務には校内の批判と校外からの称賛が混交しているが、各生徒の力は高が知れている。ただでさえ狭い肩身を危険に晒してまで改革を求める一般生徒はいない。
そして日直のルーティンとペアは決まっており、変わることはない。
私のペアは隣の彼、「ここが僕らの
肩身の狭い一般生徒の例に漏れない私ではあるが、ラーメン界でもそうかと言われたら待ったを言いたい。なぜなら私の隣にはまだ誰も知らない名店への特別切符製造機があるからである。
彼の本性をたまたまを知った私は、これでもラーメンを愛する人間の一人。据え膳食わぬはマニアの恥。差をつけられる機会を逃すはずもない。
押しにも引きにも弱い彼とうまいこと仲良くなって、自然な会話の流れを装って、称賛の言葉を待つ店について行く。前述の言葉を引き出せばこちらの勝ち。彼という名の切符を握って出発である。
私の行動を非難するものはいるだろう。ずるい、汚い、羨ましいと。
置かれた環境と最良の手段を考え、私はそれに従ったまでのこと。称賛されこそすれ、批判されるのはもってのほか。
たとえ各所のトップが持っていない情報であれ、それを聞く最初の人間は必ずいる。ラーメン界を揺らすほどの情報の出所が、たまたま私の隣だっただけのこと。
情報化社会で生き残るには非難も称賛にも耐えなければならない。自分の持ち札をいかに効率よく、計画的に扱うかが重要なのだ。そして、それを継続することも。
狭い世界だからこそ、自分の身の置き場所は考えなければならないのだ。
私は今日もそんなことを考えながら、隣の彼と麺をすすって忘れる。
何事にも鮮度がある。寿司にもラーメンにも、情報にも。
情報の取捨選択だけでなく、見切りをつけることも大事なのだ。
伸びきってグダグダになる前に、腹を満たすのが正解である。
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