第23話 少し先の未来。
「せんぱいせんぱい」
2人だけの喫茶店。
2人だけのささやかなパーティー。
ケーキをつんつんとつつきながら、美咲が口を開いた。
「して欲しいことというわけじゃないんですが、ひとつ聞いてもいいですか?」
「おう。なんだ?」
「ずっと聞きたかったんです。でも、怖くて。聞けませんでした」
そこまで言うと、美咲はケーキから俺に目線を移した。
俺はただ、美咲の言葉を待つ。
数秒後。美咲は軽く深呼吸をして、その透明な声を発する。
「せんぱいの進路についてです。せんぱいは、どこの大学を受験するんですか?」
進路。
それは俺が高校3年である以上、避けては通れない話題。
そして恋人同士にとっては。俺たちにとっては。それによって起こり得る悲しいことを想像せずにはいられない話題。
いつか話さなければならないと、俺自身も思っていた。
俺の考えを、ちゃんと話さなければならない。
美咲が聞きたいと言うのなら、そのときは今だ。もう、先送りすることはしない。
俺はひとつの覚悟を胸に、乾いた口を開く。
「俺の志望大学は、都内の私立だよ」
「東京……ですかぁ……」
「ああ。俺はさ、就職するのは地元でいいかなと思ってる。別にこの街に特別思い入れがあるわけじゃないけど。でもこの街の潮風を浴びていると落ち着く。そう思うんだ」
「だ、だったらなんで……東京なんですか? 地元の大学に進学すれば……」
美咲は弱々しくも「それなら……」と続けようとするが途中でその口は閉ざされてしまった。
「地元に就職すれば俺は一生、この街に住むことになる。それも悪くない。いや、俺はそれを望んでいる。だけど、その前に色んな場所を見てみたいんだ。一人暮らしだってしてみたい。色んな経験を積みたいんだよ」
それはずっと、一人きりの俺が考えていたこと。
自分の世界を広げたい。
俺は今まで、人間関係をあまり築いて来なかった。だけどそれは、人に興味がないということではない。
むしろ、興味があるからこそ。それが得体のしれないものに思えて。触れるのが怖いんだ。
人と関わるのは怖いけれど、でもだからこそ人を知りたい。人の営みを知りたい。
そんな矛盾した思考。
その考えは今も変わっていない。
いや、少しずつ、変わってきているのかもしれない。
美咲と恋人になることで。あの昼休みの事件で。今回のすれ違いで。俺はたくさんのことを考えた。
人は人と関わることで、繋がることで成長するのだと思う。
俺がなりたい自分になるためには、今のままではダメなのだ。
俺には
俺は人との繋がりが決して手放せないこの世界で、美咲のチカラになれる人間になりたい。
それはきっと、この街だけでは足りない。
だからこそ、新しい世界に飛び出したい。
両親の加護のない世界で、そこにいる誰かとの関わりを持って、生きてみたい。
そこにきっと、俺の成長はある。
この1ヶ月で、俺はそんなことを思った。
だから、俺は美咲に言わなければいけないことがあるんだ。
「だ、だったら私も、大学はとうき————」
「待った」
「え?」
「俺に言わせてくれ。美咲」
美咲が言おうとしてくれたことは想像がつく。
俺はズルい。
想像がついてしまったからこそ、美咲の言わんとすることがわかるからこそ。
俺はこの先の言葉を、幾らかの安心をもって紡ぐことができるのだから。
だから、ズルい俺だけど。
この言葉には精一杯の想いを込めよう。
「————俺は美咲が好きだ」
「……ぇ…………」
美咲は言葉を失ったように、瞳を揺らす。
でも、その顔をほんのりと赤らんでいて、受け入れてくれていることがわかった。
「まだ、言えてなかったと思ってさ」
そう、俺はまだ、一度も美咲に「好き」だと伝えることが出来ていなかった。
幼馴染には言うことができたのに。
ずっと言うタイミングを失っていた。
でも、この告白が必要だったのだ。
俺は続きを口にする。
「美咲」
「は、はいっ」
美咲は妙に緊張したように姿勢を正す。そんな姿も愛おしく、俺の目には映る。
「もし、だ。もしでいい。もし、2年後。美咲が高校を卒業するとき」
この話で美咲を縛ることはしたくないから。これから言うことは、あるかもしれないIFの話だ。
「俺をまだ好きでいてくれたなら。俺を追いかけて来てくれるか?」
これが、俺が思い描いてしまった未来。
たった一年にも満たない関係で、たった一ヶ月の恋人関係で、描いてしまった未来だった。
そんな俺に。
儚い夢を思い描いてしまった俺に。
何の迷いもないような自信に満ちた表情で。だけどまた、目尻から一筋の涙を零して言う。
「はいっ。もちろんです、せんぱい♪」
まるで雨上がりの花のような、泣き笑いだった。
一輪の花が、また咲いた。
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