小悪魔後輩だけど実は恥ずかしがりやな学園一の美少女に告白されたので付き合うことにした。

ゆきゆめ

一章 交際の始まり。

第1話 交際、始めました。

「せんぱいせんぱい」


 ある日。バイトの休憩中。


 向かいの席で一緒に休憩していた少女が、俺と視線を合わせることもせずに言った。


「好きです。付き合ってくれませんか?」


「……は?」


「は? じゃないですよ。は? じゃ。こんなに可愛い可愛いバイトの先輩であり学園の後輩でもある私が交際を申し込んているんですよ? そこは一瞬の躊躇いもなく喜んで!! っていうところでしょう」


「いやだからこそ裏がありそうで怖いんだが」


 演技がましく言う彼女に、俺は苦笑いを返す。


 彼女の名前は美咲結愛みさきゆあ

 

 俺より少しだけバイトを早く始めた先輩で。学園ではひとつ下の後輩だ。


 学園では、「学園一の美少女」なんて呼ばれることも少なくない。


 そんな彼女がいくらバイト仲間という縁があるとはいえ、自他共に認める陰キャボッチの俺に好意を抱くものだろうか。


 罰ゲームとか、そういうのなんじゃないの?


 疑問は尽きない。



「私そんな腹黒じゃないですよぉ〜」


「嘘つけ」


 学園では基本的に素直で優しく品行方正の優等生で通っている彼女だが、俺の前では違う一面を覗かせることを俺は知っている。


「あはぁ。言ってくれますね〜。この前せんぱいのバッグにクモのおもちゃいれておいたことまだ怒ってるんですかぁ?」


「当たり前だ! あれめちゃくちゃビビるんだぞ!?」


「ちょっとした悪戯じゃないですかぁ〜。こんなことするの、せんぱいにだけなんですからね?」


「うれしくねぇ……」


「ところでせんぱい。復讐とか報復とか考えるてるならやめてくださいね。もしそんなことしたら今の告白を取り消して、未来永劫先祖代々せんぱいを怨み続けますので」


「こええよ。てかしないし」


 それなら嫌がらせとかするなよ……。

 自分がやられて嫌なことは人にもしない。常識ですよ。


 あと、一応は年上である俺のことを舐めすぎだと思います。

 陰キャは怒ると怖いんだぞ? いや怒らないけどさ。


「それで? せんぱい。告白の返事はいただけませんか?」


「それマジなのかよ」


「マジです」


 美咲は未だにこちらを見向きもせずに言う。その顔からはあまり感情が読み取れなかった。


 押し黙る俺に、彼女は痺れを切らしたように話し始める。


「ふーむ、まあいいです。ここまでは予想通りですので。なので捻くれたせんぱいに、私がこの交際で得られるメリットをお話ししましょう」


「メリット?」


「はい。せんぱいが悩んでいるのはそういうことでしょう? 自分が告白される理由がわからない」


「まあ、そうだが……」


 だからと言ってメリットとかそんな話しちゃいますか? 恋もへったくれもありゃしない。


 そんな俺を差し置いて、美咲は「それでは」と人差し指を揺らしながらメリットの提示を始める。


「せんぱい。私ってモテるじゃないですかぁ」


「いや自慢かよ」


「事実じゃないですかぁ」


「……そうですね」


 否定できない……というかまごうことなき事実すぎる。


 彼女はいつでも男子生徒に囲まれている印象だ。逆に女子の友達とかは少なそう。

 いや、そんないつも見てないから知らんけど。


「それで、男の子たちに囲まれるのも正直面倒なわけです」


「ぶっちゃけたな」


「はい♪」


 にっこり笑顔で初めてこちらを見やる美咲。なぜ笑顔は見せつけてくるんですかね。てかやっぱりお腹真っ黒でしょ。


「それに女の子からの印象もあんまり良くないわけです。自分で撒いた種だとはわかっているんですが、やっぱりなんとかしたいんですよ」


「なるほど」


「そこでせんぱいの出番です」


「なるほどわからん」


「だからぁ〜、せんぱいが彼氏になってくれればみんな諦めるじゃないですか? 私は面倒が解消。せんぱいは超絶可愛い彼女ゲット。男の子たちは新たな恋を探しに。みんなハッピーです」


「なる……ほど?」


 そんな上手く行きますか?

 そんな簡単に美咲にご執心な男子生徒共は引き下がるのだろうか。


 我が身の危険を感じる。

 大丈夫? 俺虐められない? リンチにされない?


「どうですか? せんぱい。告白、受けてくれる気になりましたか?」


「……おまえ、本当に困ってるのか?」


「そうですねぇ。一刻も早く解決したいくらいには」


「…………わかった。受けるよ」


「え? ほんと? ほんとですか? ほんとに彼氏になってくれるんですか?」


 一気に目を輝かせる美咲。


「……ああ。まあとりあえず、な」


 俺にとって美咲は、彼女が自分で言った通り可愛い先輩で、後輩なのだ。

 そんな彼女が悩んでいるのなら、やっぱり手を差し伸べてあげたくなってしまう。


 それに、とても素っ気なかったけど。俺にはまだその言葉がホントかウソか、よくわからないけれど。『好き』と言われて嬉しくないわけはなかった。


「よかったぁ……」


 ホッと胸を撫で下ろすように、安堵のため息を吐く美咲。


 しかしそれから美咲は、さっきまでとはうってかわった様子で何かを決心したように俺のすぐ目の前へやってくる。


「せんぱい」


「ちょ、なにをっ……」


「……このままじゃ、勘違いされちゃうと思うので」


 「それはやっぱり、いやなので」と、そう言って美咲は俺の右手を両手で取り、あろうことか自らの胸に当てた。


 俺の掌が美咲の左胸に添えられる。


「おまっ、やめろって!」


「いいから。ちゃんと聞いてください、せんぱい」


「聞くって何を……」


 話を聞くどころじゃないだろ!


 いくら付き合うことになったからってそれは早すぎないか!?

 

 おっぱい! おっぱいだぞ!?


 俺の右手が、初めて女の子のおっぱいに触れている!! 


 バイトの制服ごしに触れているだけなのに、マシュマロのような柔らかさが伝わってきた。


 でもそれと同時に掌へ伝わる振動に、俺はやっと気づいた。


「……聞こえましたか?」


「あ、ああ……」


「どきどき、どきどき。私の鼓動、ぜんぜん鳴り止まないんです。告白したときから。ううん、告白する前から。ずっとですよ?」


 「この意味、わかりますよね?」と上目遣いで聞いてくる美咲。


 掌に感じた振動は、美咲の心臓の脈動によるものだった。

 これ以上ないくらいに、美咲の心臓は生命の躍動を感じさせた。これ以上ない美咲自身の興奮を、緊張を、伝えてくれた。


 その意味は、痛いくらいにわかった。


 メリットなんて言っていたのは本当に口実でしかなくて。捻くれ者で情けない俺が彼女に言わせてしまった言葉で。あの告白にはちゃんと想いがこもっていた。


 視線が合わなくて、何でもないふうを装っているように見えたのだって、彼女はただ緊張していただけで。


 美咲が俺のことを本当に『好き』なんだということが、伝わった。


「せんぱい……?」


「ああ、えっと……その……」


 美咲が不安そうにこてんと少しだけ首を傾げる。艶やかな黒髪がさらりと揺れた。大きな、可愛らしい瞳がゆらめいた。

 

 美咲の表情にはもう、ポーカーフェイスの欠片もなくて。その頬は真紅に染まっている。


 そんな彼女が可愛くて、愛おしくてたまらないと感じた。


「聞こえた。伝わったよ、ちゃんと」


「……よかったです。それなら、せんぱい……」


 美咲は「んっ……」と目を閉じて、その柔らかそうな唇を差し出してくる。


 え? なに? キス!?


 おっぱいの次はキスなの!?


 だから付き合い始めてすぐでこれは早すぎない!? 最近の子はこれが普通なの!?


 いやでも……美咲に恥をかかせるわけにはいかない。美咲ばかりが、勇気を振り絞ってくれている。


 それはやっぱり、あまりにも情けない。


 今度こそ俺がリードしなくては。


「美咲……」


「せんぱい……」


 美咲の肩を抱き、少しずつ、ゆっくりと、唇を近づけていく。


 きっと今の俺はさっきまでの美咲以上に緊張している。興奮している。どうにかなってしまいそうだった。


 でも、それもあともうちょっと……。



 ————しかし、その直前で2人の時間は終わりを告げた。


 ドアノブを回す音が部屋に響き渡る。



「2人とも〜、もう休憩時間終わってるよ————って、あらまぁ…………ごゆっくりどうぞ〜」



 キィっと休憩室の扉を閉めて出て行く来訪者。


「ちょ、ちょっと待った店長!! 誤解です! 誤解じゃないけど誤解です!」


「そ、そうですよ! 私たちすぐに仕事入れますから〜!」


 つい一瞬前の甘い雰囲気なんて忘れて、俺たちは休憩室を飛び出した。


 キスはお預け。そして明日には、俺たちが付き合い始めたという話がスタッフ全員に伝わっていることだろう。



 でも、何はともあれ。

 陰キャでボッチの俺に、小悪魔だけど可愛い彼女ができました。

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