十六 誰が為に虹は輝く
様々な物が折り重なった瓦礫が、爆発の凄まじさを物語っていた。爆発から数日が経っていたが、辺りには何かが焼け焦げたような臭いがまだ漂っていて、その嫌な臭いが美羽には、死という物の臭いのように感じられた。
「ここだ。ここで啓介は、私を庇って爆発に巻き込まれた」
少し先を歩いていた絵美が足を止めて言う。
「何もないのです。本当に、何もないのです」
美羽の傍にいるハルが呟くように言った。
「にーに」
美羽は言って、地面にあった焼け焦げた跡のような物をじっと見つめる。誰も何も言わず、周囲には何も音がない。激しい痛みと、狂いたくなるほどの悲しみを持った沈黙が美羽の体に重く圧し掛かる。美羽は、その重さに耐え切れなくなると、声を上げて泣き始めた。
「美羽。済まない。私は何もできなかった。私だけが、一人、生き残ってしまった」
絵美が言う。
「絵美は何も悪くない」
美羽は、そう言ったが、その声は自分でも、驚くほどに大きな物になっていた。
「美羽」
絵美が言葉を漏らす。
「大きな声出しちゃって、ごめんなさい」
美羽は、嗚咽しながら言った。
「美羽。大丈夫なのです。気持ちはちゃんと伝わっているのです。謝らなくて良いのです」
ハルが美羽の肩をそっと抱きながら言う。静かに、雨の雫が空から落ちて来て、地面に小さな染みを作り始める。
「雨。美羽。濡れると風邪をひく。下に戻ろう」
絵美が言い、美羽の傍に来る。
「虹が出ているのです。ハルは初めて本物を見たのです」
ハルが言った。
「虹?」
美羽は言葉を漏らしつつ空を見上げる。大きな七色の虹が美羽の瞳に映る。美羽は虹を見つめながら、母親が生きている時に、啓介と母親と三人で虹の話をした事を思い出した。
「お母さんとにーにが生きている時に、にーにとお母さんと、虹の話をしたの。美羽が学校で虹の事を習って、見たいって言ったら、にーにが、外に出られる時が来たら、皆で一緒に虹を見に行こうって言ってた」
美羽は虹を見つめながら言った。
「前に、あの時の状況を話したが、美羽の今の話を聞いて、あの時の事で、思い出した事がある。爆発で啓介と反物質粒子砲が消えた後、しばらくしてから空に虹が出た。その虹の出現に反応するように、辺りを覆っていたウデが動き出して、反物質粒子砲が再び形作られた」
絵美が美羽の方に顔を向けて言う。
「きっと、啓介がやったのです。虹を見て、美羽が見たいって言っていた事を思い出したのです」
「にーに」
ハルの言葉を聞いた美羽は言って、もっと虹を良く見よう。涙で見えなくならないように、もう泣かないようにしよう。と思うと、ぐっと強く歯を食い縛る。雨が強くなって来て、虹が静かに消えて行く。
「ハル。絵美。下に戻ろう」
「美羽。もう良いのです?」
「美羽。さっきは戻ろうと言ったが、まだ、ここにいて構わない」
美羽が言うと、ハルと絵美が言う。
「ありがとう。でも、大丈夫。にーにが虹を見せてくれたから」
美羽は言って、顔を前に向けた。
誰が為に虹は輝く @itatata
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