滅べよ世界、愛する者の為
蓬莱汐
prologue
––––例えば、愛する者の為。
世界が終わるその瞬間、愛する誰かと共に逝くか。
––––例えば、世界の為。
愛する一人を犠牲にすることで、何十億の、自分にとって無価値な存在を守るか。
どちらが正解で、どちらが不正解なのか。
答えはきっと……無い。
あるとすれば、本人にとって最善の選択こそが正解に成り得るのだ。
尤も、そんな漠然かつ理不尽な選択を迫られる事など無いだろう。
普通ならば。
昔、遙か古の時代。
唯一、この漠然で理不尽な選択を迫られた者がいた。
彼は自分にとって最愛の一人と、自分にとって無価値なその他を天秤に掛けたのだ。
結果––––
彼は最愛の一人を選んだ。
世界は闇に包まれ、何億の命が奪われ、残った何億もの人たちは彼を非難した。
しかし、ある人は彼をこう呼ぶ。
––––無慈悲な英雄、と。
きっと、彼の選択は絶対的に間違っていて、そして、核心的に正しかったのだ。
***
「––––くそっ……。なんなんだよっ!」
一人の少年が真っ暗な街中を駆ける。
時刻は日付が変わった頃。
少し気分転換にと、コンビニへ出掛けた帰り道だった。
「うわぁっ!」
背後から飛んできた真っ黒なものを見て、少年は息を呑む。
月明かりに照らされて、それは姿を現す。
五十センチを超える鋭い針。それは最早、昔話や伝承に登場するランスと変わらない。
震える膝に無理を言わせ、急いで走り出す。
走る先は家の反対方向だ。
家には家族がいて、左右には幼馴染みの家がある。
絶対に怪物を近付かせる訳にはいかない。
「な、なんで……。俺がっ、こんな目に……っ!!」
いや、理由ははっきりしている。
日付が変わる時間帯に出歩いた自身に非がある。
そう、太陽が沈めば、その瞬間から世界は彼らのものになる。
悪神の残香のような存在。
––––悪鬼。
世界は無慈悲な英雄によって、平和なものには成らなかった。
内心、伝承の無慈悲な英雄に舌打ちをしつつも、闇雲に走り続ける。
商店街を抜け、裏路地を駆け回り、廃墟に隠れ込む。
しかし、その先は––––
「行き止まり……かよ」
何年も前から建築が進んでいない廃墟には、上へと続く階段は存在しなかった。いや、正確には埋められていた。
きっと、どこかの誰かが遊び感覚で登ることを防ぐ為だろう。
そうしている間にも足音は近付いてくる。
静かに、近くにあった柱の影に潜む。
どこかへ行くのを、息を潜めて待つ。
やがて足音は遠くなっていき、完全に消えた。
––––と、思われた。
「がっ!?」
柱を突き抜けて、先程の針が腹部を貫く。
衝撃と激痛に身動きがとれずに蹲る。
自身の腹部から流れる鮮血を目の当たりにし、体が徐々に冷えていくのを実感する。
歪む視界で捉えた悪鬼の表情は、歪な笑みを浮かべていた。
「––––……っぁ。はっ……ぁ」
力を振り絞り、声を上げようとするが、出るのは掠れて今にも消えそうな呼吸だけ。
やがて拳の力も無くなり、体が脱力する。
弱りきった少年の体に悪鬼の手が伸びる。
だが、届くことはなかった。
悪鬼の指先が白く輝き出したと思えば、次の瞬間、光の粒子になって空気に溶けていく。
明らかに動揺した様子の悪鬼だったが、次第に体全体が粒子になっていく。
わずか数十秒の出来事だった。
「君、大丈––––」
誰かの声が聞こえた気がしたが、そこから先は聞き取れなかった。
意識は闇に呑まれていく。
ただ、ほんの僅かだけ、懐かしい香りがした気がした。
滅べよ世界、愛する者の為 蓬莱汐 @HOURAI28
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