第26話拗らせ幼なじみの言い分

 クリスはその晩、オルタを呼びだした。夕食の済んだあと、ロイに言いつけてオルタだけ階下へ向かわせた。

 やってきたオルタにクリスは昼間の出来事を話して聞かせた。


「ああ、ゲイルのこと。どうしてエニスなんかにきたんだろうね~。それにしても世間て狭いよね。まさか、こんな大きな街でゲイルにバッタリ会うとは」

 オルタは何度か頭を上下に振った。彼女の様子からすると、本当に意図せぬ再会だったようだ。


「彼とティアナはどういう関係だったんだ?」

 クリスは核心をついた。

「ゲイルはお姉ちゃんのことが好きなんだよ。わかりやすいでしょう?」

「あ……ああ、どうだったかな」


 クリスはしらばっくれた。いや、少し観察をしていれば気が付くことだろう。ゲイルという年下の男はティアナのことばかり見ていたし、少しだけクリスの方に目を向ければ、その瞳の中にははっきりと嫌悪と怒りが宿っていた。ティアナがクリスにぴたりと張り付いた瞬間、目が血走っていた。ゲイルは喧嘩を売るような言動しかしていなかったが、ティアナの気を引こうとしているのは明白だった。


「好きな子ほどいじめたいって典型なんだよねぇ。みんな指摘はしないけど。わたしがお姉ちゃんに拾われる前からあんな感じだったんだって。わたしにも突っかかってくるんだよね。わたし、お姉ちゃんと一緒に暮らしていたから」


 オルタはしたり顔で頷いた。こんな子供でも気が付くのに、肝心のティアナはゲイルの気持ちに無頓着だった。彼の言葉をそのまま受け取り、腹を立てていたし、昔からやな奴なのよ、と息巻いていた。


「お姉ちゃんくらいなものだよ、ゲイルの気持ちに気が付いていないの。鈍感だから」

「なるほどな。鈍いのは昔からか」

「なに、お姉ちゃんに対して何かあるの?」

 オルタの声が一転低くなる。


「いや、別に。ただ、気になっただけだ。エニスから遠く離れた故郷の人間が、突然ティアナの前に現れて。偶然にしては出来過ぎているな、と。それだけだ」

「それは……まあ」


 オルタは難しい顔を作って口を引き結んだ。

 クリスから出した話題だったが、思いのほかオルタの注意を引いてしまったようだ。どちらにしろ、この屋敷にいれば安全だ。屋敷の壁を覆う蔦は不法侵入者に対しては容赦無い。


 クリスは話を切り上げることにした。正直、自分でもよくわからなかった。どうしてこんなにも他人が気になるのか。昔のティアナを知る男が目の前に現れて、どうしてだか面白くなかった。見ず知らずの男に、ティアナから離れろと言われたとき反射的に自分はティアナの夫だと答えていた。これまで他人に執着をしたこともなかったのに、気が付いたらぽろりと口から言葉が滑り落ちていた。こんなことは初めてだった。


(おそらくは庇護欲だろう……ティアナの弱音を聞いたばかりだったし)

 クリスはオルタを下がらせた後、そう結論付けることにした。




 どこか古ぼけた宿屋の一室。その室内をゲイルは苛立ちながら歩いていた。ぐるぐると同じ場所をまわりながら考えるのは、見違えるほど美しく変化を遂げた幼馴染のこと。


(嘘だろ……ティアナが結婚だなんて。だって、クロフトから出て三カ月もたっていないじゃないか)


 それなのに、どうして結婚なのだ。しかも相手は見るからにゲイルよりも身分も立場も上の、年上の美丈夫。やや神経質そうではあるものの、ティアナはそいつにぴたりと寄り添い信頼をしていた。嘘だろ、と思った。ティアナは俺のものなのに。ゲイルは自分勝手な考えを巡らせる。ゲイルは小さいころからずっとティアナへの想いを拗らせているのだ。銀色の髪の毛がきれいだと思っているくせに、父無し子と虐めてしまうくらいには。


 そもそもの発端は夏の強い日差しの中に秋の気配が少しずつ入り始めた季節の頃。町で火事騒動が起こったその日、ティアナとオルタが町から姿を消した。結局火の不始末で煙がもくもくと上がっただけの人騒がせな夜中の火事騒ぎだったのだが、その日を境に姉妹の姿を見ることはなかった。ゲイルとて毎日町の中をふらふらしているわけではない。いくらかの土地を持っている両親の仕事の手伝いをしたり、父の仕事の手伝いをしたりしているからだ。いつも通り過ごしていると、ゲイルの耳に噂が届いた。


 ティアナとオルタが町から去ったというものだ。


 嘘だ、と最初はせせら笑った。二人ともこの町以外に行く当てなどないのだ。どこへ行くというのだろう。しかし、と思ったゲイルは念のためフクロウ亭に行ってみることにした。そういえば数日ティアナの顔を見ていない。こっちの気も知らずにいつも生意気な態度を崩さないティアナは基本ゲイルには不機嫌な顔しか見せない。客には愛想笑いをしてゴマを擦るくせに、町長の息子であるゲイルにはちっともなびかない。


 たまにはお昼ご飯をフクロウ亭で食べるか、と口実めいたことを考え向かったフクロウ亭では女将が忙しそうに働いているだけだった。「ティアナとオルタは? 使い走りか?」と問うと女将は「いやぁ。あの子たちは出て行ったよ」とあっさりと答えた。嘘だろ、と呆然としつつ仕方がないので今日の一皿を頼み待っていると親父のコリーが「ったく、あいつら家賃も踏み倒して出て行きやがって」と悪態をつきながら皿を運んできた。二人の様子から察して事実なのだろう。


 その日以降、ゲイルはティアナとオルタについて調べた。

 小さな町である。ちょっと突けばここだけの話がすぐに聞こえてくる。


―どうやら、コリーのやつが馬鹿やらかそうとしたらしいよ―

―ああ、聞いた。旅の行商人にティアナとオルタを売ろうとしたんだろ―

―ほら、この間来ていた、このあたりじゃ見ない顔の行商人だよ―

―あいつら、人には言えないような品物も扱っていたらしいじゃないか―

―馬鹿亭主が本気で馬鹿やらかすまえにあいつが二人を逃がしたらしい―


 話をまとめると、後ろ盾のない若い娘に目を付けた行商人がフクロウ亭の旦那に話を持ちかけた。酒代欲しさに頷いた旦那が本気で馬鹿を起こさないよう、こっそりと女将がティアナとオルタを逃がした、そういう話のようだった。


 ゲイルはなんとかしてティアナの足取りを追いかけようとした。

 若い娘と年端もいかない幼女の二人連れなど目立つに決まっている。とくにティアナはこのあたりでは珍しい銀色の髪に田舎町にしては珍しくきれいな顔立ちをしている。ゲイルは両親に適当に理由をつけ(クリスの察した通り物見遊山である)、ティアナを追いかけるべく旅に出た。お供は昔から雇っている従僕一人をつけて。


「ようやくティアナに会ったっていうのに……けけ結婚……かよ」


 なんだよ、その展開! 自分だってティアナに何も告げていないというのに。というか、父親もいない娘でも、そっちがお願いするなら貰ってやろうと考えていたのに、なにが結婚だ。意味が分からない。


 ゲイルはティアナが聞いたら迷惑極まりないことを考えた。

 ゲイルもそろそろ年頃になったため、いい話があればと両親は考えていたが、ゲイルとしてはティアナがどうしてもというなら妻として迎えてやっても良いと思っていた。後ろ盾も無い娘が代々クロフトの町長を輩出する家の嫁になれるなんて、この上ない良縁なのに。


(とにかく、ティアナはでっかい街に来て浮かれて騙されたんだ。あんな、ちょっと金持ちそうな男にころっと騙されやがって)


 ゲイルはそう結論付けることにした。

 まずは敵を知らねばならなない。今日も二人のあとをつけたのだが、途中から馬車に乗ってしまい人力では追いかけることができなかった。しかし、金持ちの住まう地域はエニスの中でも限られている。広いエニスでティアナに再会できたのだ。運命はこちらにある、とゲイルは宿の一室で奮起した。

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