第7話この結婚に断固反対します

「兄上! 兄上の使命は次の世代にその優秀な魔法使いの血を残すことですよ。分かっているのですか」

「うるさい。おまえが結婚しろってうるさいから嫁を見繕ったのにどうしてぎゃあぎゃあ騒ぐんだ」

「騒ぎたくもなりますよ! しかも婚約とかそういう段取りをすっ飛ばして結婚! 結婚契約書を提出したとか、夢ですよね」

「いや現実だ」


 弟の言葉に兄はとどめを刺した。カーティスは信じられない、という風にがくんと両ひざを床に付けた。確かに毎日これだと金で妻を雇いたくもなるな、とティアナはクリスに同情をした。この世の週末がやってきた、というように呆然とするカーティスにティアナが声を掛けようか迷っていると、彼は自力でゆるゆると立ち上がった。


「おい、女」

「ティアナと呼べ」

 クリスが即座に口をはさむ。兄の氷のような声にカーティスは言葉を噤み、改めて口を開く。

「……ティアナ嬢、あなたの経歴を教えてください」

「はあ……」


 突如丁寧に話しかけられたティアナではあるが困ってしまう。

 経歴といえるほどのものなどあるはずもない。取り繕ってもボロが出るだけだと昨日クリスには言ってある。どこぞのお嬢様とかそういう設定は無しにしようと。


「生まれも育ちもエニスから離れた遠い町よ。それから妹と二人でエニスにやってきてそれでクリスと出会ったの」

「ふんっ。ただの町娘ではないか」

 カーティスの鼻息が荒くなる。

「おい、女」

「ティアナだ」

「ティアナ嬢、どうやって兄上に取り入ったんだ?」

 どうやってもなにも、と思ったが確かに最初に人手不足ではないですか、と声をかけたのはティアナの方である。


(あ、でも。わたしはもうプロの嫁よ。ここはとにかく可愛い妻を演じないと)


 突如職業意識に目覚めたティアナはクリスの側へと近寄った。

「わたしとクリスは出会ってすぐに恋に落ちたの。ね、クリス」

 クロフトの町で見かけた男女のむつみ合いを真似てしな垂れかかってみる。クリスの方は若干頬を引くつかせたが、ティアナの背中に腕を回した。

(おお~、夫婦っぽい)


「ああ。互いに一目ぼれだった」

 若干棒読みである。

「街で拾ったっておっしゃっていたではないですか」

 カーティスは存外に冷静である。

「街で互いに一目ぼれして拾ってきた」

「猫を拾うんじゃないですよ⁉」

「わたしのこと、可愛い子猫ちゃんって」

 ふふ、とティアナはアドリブを飛ばした。我ながらナイスだ。


「あなたは黙っていてください」

(なによぉー)

 冷たくあしらわれてティアナは内心むくれた。


「もういいだろう。俺はちゃんと妻を娶った。おまえたちにとやかく言われる筋合いはない」

「いや、言いますよ。兄上はスウィングラー家の嫡男ですよ。しかも四つ星の魔法使い」


 さっきから四つ星とかなんとか、一体なんなのだ。さっぱり意味が分からないが、クリスはどうやらすごい魔法使いらしい。確かに彼の調合した薬を飲んだら髪の毛がぶわっと伸びたのだ。優秀な魔法使いには違いない。


「私が家を継いだとしても、その次の世代のことまでは知らん」

「この女性を人前に出すというつもりですか? 魔法使いの中に」

「さあな。私は社交は嫌いだ」

「魔法使いの社会の中に、こんな人間の居場所なんて無いですよ」

「今どき魔法使い同士ではない夫婦もいるだろう」

「兄上はその辺の魔法使いとは違うんです」


 カーティスはああ言えばこう言う。どうやら目の前の青年は兄のことが大好きなようだ。自分が認めた女でないと兄には釣り合わないと考えているのだろう。面倒な男である。

 そう思ったのはクリスも同じだったようだ。


「うるさい。私は二十九のいい大人だ。自分の妻くらい自分で見つけられる。おまえ、もう帰れ。そして二度とうちの敷居を跨ぐな」


 クリスが右手をかざすと、ふわりと空気が踊り始める。ティアナは魔法が練り上げられるのを初めて見た。小さな町に魔法使いなどいるはずもなく、世界には魔法を使える人間がいることは知識として知ってはいたが、まさかすぐ目の前で魔法が使われようとは。


「あ、兄上!」


 言い過ぎたという自覚をようやく持ったカーティスの上擦った声が遠くに聞こえた。強い力によって彼の体が食堂から押し出されたのだ。バタンと大きな音がした。扉が開いたのだ。そのまま彼は自分の意志とは関係なしに屋敷の外へと押し出された。


 静寂が戻る。

「お姉ちゃん。いつまで引っ付いているの!」

 オルタの声でティアナは我に返った。そういえばずっとクリスに寄り添っていた。オルタはティアナの腕を取り、自分の方へ引っ張る。


「朝から大変だったな」

 クリスはやれやれと首を振った。

「お疲れ様です」

「私はもう出る。きみたちはのんびりしていたらいい」

 クリスは慌ただしく出て行ってしまい、残された姉妹は呆然と彼を見送った。

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