可惜夜

人鳥パンダ

月夜

「星を見に行こうよ」


午後10時、君からの一通のメール。僕はそのメールを何度も読み返した。一文で簡潔に示されていたが、僕は信じられなかった。


君に残された時間はもう少ないはずなのに。


僕は走った。僕が出せる限りの速さを出し続けた。

残り1時間半。


疲れは感じていない。どこまでも、どれだけでも走れる気がした。

残り1時間。


やっと辿り着いた。君のもとへ。


「お、やっと来たね。」


君は悲しそうな、不安そうな、なんともいえない表情を浮かべていた。

「どうして?」

僕は、この言葉にたくさんの意味を込めて言った。けれど君は、


「言えない。」


と、それだけ言った。


「星を一緒に見ようよ。」


彼女は明るい表情で言う。僕は、僕にできる事なら何でもするつもりだった。

残り30分。


「やっぱり、私は駄目だな。」


そう言った彼女の目には涙が浮かんでいた。

「どうしたの。」

僕にはそれしか言えなかった。


「ううん、何でもないよ。」


彼女は何かを隠しているようだった。僕は彼女に問い詰めた。

残り15分。


「何で僕をここに呼んだの?君にはもう時間が無いんでしょ?僕でよかったの?」


彼女は俯いた。僕は続ける。


「僕は、君に幸せになって欲しかったんだよ。最後くらいは君の笑った顔が見たかった。」

そう言った瞬間、彼女は泣いた。


「やっぱり、君を呼ばなければよかった。君に会わなければよかった。」


僕は悲しさが込み上げてきた。やっぱりそうだったか。僕は何でここに居るんだろう。


「君に会うと、想いが込み上げてくるよ。」


僕は疑問に思った。どういうことだ。

残り10分。


「最後まで、隠していたかった。けれど、もう、無理だよ…。」


「どういうこと?」


「君が好きだった。」


と、彼女は僕に告げた。僕は驚く。どうして。

「僕のことが…?どうして…。」


「私はこの星に来て、君だけが味方でいてくれて、それが嬉しくて、君だけはそのままでいてほしいと思ったんだ。」

残り5分。


「だから、私は君を避けた。君に嫌われないように。君が私の味方でいてくれるように。」


僕は、ただただ立ち尽くしていた。君にかけるべき言葉を探していた。


「だけど、もう、ここには居られない。だから、最後に君に聞きたいことがあるんだ。」


「聞きたいこと?」

彼女は僕の目を見つめた。そして手を握った。


「私が居なくなっても、忘れないでいてくれる?」


僕は、彼女が本当に僕に聞きたかったことが、これとは思えなかった。

「もちろんだよ。」

ただそう言った。


「よかった。ありがとう。」


一筋の光が彼女を照らした。僕はその光に目を瞑ってしまった。

目を開けると、彼女は居なかった。そこには一枚の写真が落ちていた。僕はそれを見た。

そこには、死んだはずの僕と笑顔の君が写っていた。


夜が明けた。僕は目を覚ます。

僕の日常が戻ってきた。

君一人居ない日常が。



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可惜夜 人鳥パンダ @kazukaru

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