Rupta
田中
1話 ノルズリ
(1)
寒冷地方独特の透きとおった空気は、ツウィンカにとっては馴染み深いものだった。硬い岩や大地ばかりのミュルクヴィズの土地において、風は草木に染み入らず、吹くたびに鋭さを増す。
空気に触れるだけで手がかじかむのは、この地域では当たり前のことだった。
自然が厳しいこのミュルクヴィズでは、季節風さえもその恩恵をもたらさない。実りを与える南風は豊かな南の国々を通過すると、ミュルクヴィズの遥か南にあるコラの山脈にぶつかって散乱した。
それでも、厳しい土地においてもミュルクヴィズの人間は痩せた大地を慈しみ、作物を育て家畜を養った。ツウィンカが住まう村は、そんなミュルクヴィズの中でも山の奥深くにある。
村には一応ノルズリと言う名前がついていたが、外部とあまり交流しない村人たちにとっては、自らの村を名乗る機会はない。
そもそもノルズリという言葉自体が北という方角を指し示す意味でしかなかったので、愛着も沸きづらかった。
ノルズリでは他のミュルクヴィズの人たちと同様に、或いはそれよりもっと小規模に、わずかな作物と家畜によって生計を営んでいた。
村にはツウィンカの腰程しかない柵がぐるりと張り巡らされている。子どもでさえ簡単に飛び越えられる程度の柵だった。
柵はあくまでも家畜や作物を害獣に荒らされない為のものであって、滅多に訪れることがない外部の人間を想定してない。にもかかわらず、神経質な程美しい円を描くように村を縁取る柵は、村人が内と外の境界を明確に分けていることを象徴しているようだった。
もっとも、内と外を区分することが必ずしも、外部の人間を邪険にすることを意味するわけではなかった。一年に何回か、村だけでは賄えない塩や薬などの必需品を売りに、行商人たちがやって来る。
村の人間たちはけして無償で商品を得ているわけではなかったが、この村に至るまでの厳しい道のりを考えると、行商人たちが態々山奥まで訪れる理由は善意に寄るところが大きい。
だからこそ村人は彼らがもたらしてくれる潤いに感謝し、同時に外からの人間を客人として大いに歓迎した。
村は小さい。ツウィンカが村の中心の井戸に立ち、ぐるりと回ると村が一望できる。
十二歳のツウィンカの世界の全てだった。
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