風を捉えろ 第三
騒がして悪かったな、と言う船長の言葉を聞きながらケロウジとハナガサ、それから頭の上のササも気になる事があった。
ハナガサと目を合わせ、ケロウジが聞く。
「あの、その船医の女性ってどんな見た目をしているんですか?」
「あぁ、見ればすぐ分かるよ。焼けた肌に緑の瞳で、金髪の女だ。父親がどっか外国の人なんだとよ」
船長によれば、その船医がこの港町に降りるのは初めての事で、町の人は彼女の事をよく知らないだろうという事だった。
ケロウジたちはやっとその人が誰かには辿り着いたものの、今度は行方不明になっているという。まだまだ探さねばならない事に頭を抱えた。
その船医はコガネという名で、母親が日本人で父親が南蛮の商人。本人は日本生まれの日本育ち。医者としての腕は確かで、船が北国の方の港に寄る度に船長を診ていたという。
それが、船長が亡くなる半年ほど前に急に船医として乗船する事になった。
「私たちもその女性を探そう」
「そうか? 助かるよ。ありがとうな」
ハナガサの提案に安心した顔で船長も仕事へ戻って行く。
その場が静かになると、ハナガサがケロウジに言った。
「ケロウジ。少しやる事ができた。先に家へ戻っていてくれ」
「それなら聞き込みでもしてきますよ」
「いや、しかしな……あぁ、そうだな。日暮れまでには家にいてくれ」
「分かりました」
またしても気になる態度のハナガサだが、ケロウジは後で聞くつもりでハナガサの家へ向かった。
帰る前にハナガサ会の人たちに声を掛けると、一緒に帰るとシイも付いて来た。
シイが住むのはハナガサの屋敷の中でも通りに最も近い建物だ。丁度、鷹が通行人を見下ろす桑の木のある辺りだ。
そこに通されると、すぐにササが頭の上から本来の姿で降りて来た。
「気付かれたんなら隠れる意味はねぇからな。食うなよ?」
ササが言うと、シイは楽しそうに笑って「食べませんよ」と答えた。
部屋にはすでに色々な商品が並べられている。
ところで、とケロウジは切り出した。
「ここに来てからおじさんにおかしな事はない?」
「可笑しなことですか? そうですね。私がここに来たのは昨日からですのでよく分かりませんが、昨日は嬉しそうに山から帰ってきましたよ。特に可笑しいとは思いませんでしたけれど。何かあったんですか?」
ケロウジがシイの問いに答えられずにいると、代わりにササが言った。
「お前にだって見えてんだろう? いつから居たんだよ。あの霊体」
「霊体ですか?」
シイが首を傾げる。
そしてケロウジがササに聞いた。
「どうしてシイにあれが見えると思うんだ?」
「この女は獣の肉を食ってんだ。お前に見えるんだから、この女にも見えるだろう?」
「何を言ってるのか分からないんだけど、どういう事?」
「初めケロウジに霊体が見えるって聞いてから色々考えたんだけどな、俺たちしか見えねぇはずの霊体を人間が見るからには、肉を食ったしか考えられねぇんだよ。お前も食った事あるんだろ? 獣の肉」
ササが当たり前のように聞く。
「いや。覚えがあるうちでは無いよ。もしあるとするなら子供の頃……」
「ちょっと待って下さい」
混乱するケロウジとササの話に、シイが割り込んだ。
「さっきから霊体って何の話をしているんですか?」
シイが霊体を見た事がないと分かり、二人はさらに驚く。
「そうなのか? 一度も?」
ササが目を見開くが、シイは「えぇ、一度も」と答える。
ササがシイに説明をすると、シイはやはり見た事はないと言う。それは何を意味するのだろうかとケロウジは考え、ふとあの狼の夢を思い出す。それから鳥たちの食事風景だ。
「どういう事なんだ……?」
ササは狸の姿のまま頭を抱えた。そんなササにケロウジは聞く。
「それ以外に理由があるって事じゃないのか?」
「いいや、ねぇな。魔力ってのは人間の体には留まらねぇんだ。だから魔力の塊みたいな霊体の姿も、もちろん見えない。けどお前には見えてんだ。見えてるって事はお前の中の何かが魔力と反応してるから見えてんだ」
それは食肉でしかありえない、とササは言う。
ササの話によれば、霊体はその存在自体が魔力であるらしい。
「それでは、私にも見えなければ可笑しいという事でしょうか?」
シイが聞くと、ササは少し考えてから答える。
「いや、もしかすると……」
そこまで言ってササは言葉を止めた。
「話してくれると助かるんだけど」
ケロウジが言うと、ササはケロウジをじっと見つめながら聞く。
「お前、子供の頃の事を覚えてねぇって言ったか?」
「あぁ、うん。よくは覚えてないな。山を走り回ってた覚えがあるだけだ」
「そうか……」
ササはそれきり狸の腕を組んで黙ってしまった。
そしてケロウジは溜め息を吐き、今度はなんて問題が多いのだろうと思う。
霊体の女は行方不明。
町中での猫騒動。
自分の食肉疑惑。
「まぁ思い出せないんだから考えても仕方ねぇだろう。それよりさっさと聞き込みに行こうぜ。お前らばっか美味いもん食いやがって。今度は俺もこの姿で行くんだからな!」
ササはそう言っていつもの少年の姿になり、パタパタと駆けていく。
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