風を捉えろ 第二
港町に着いたケロウジたちは、船が帰って来たという漁港に来ていた。
もちろん、ハナガサの後ろには知らない女の霊体が付いて来ている。
横の浜から美味しそうな匂いがして向かうと、驚いたのはケロウジの頭の上にいるササだ。
そこには団子屋のモエギに、馬借の嫁のヒイロがいたのだ。他にも十人ほどの女たちが集まっている。皆で火を囲み、貝やら魚を焼いて食べているのだ。
その中にシイもいた。
女たちはハナガサの姿を見るとサッと立ち上がって手を振る。
「こっちに座って下さい! 今ハナガサ会をやっていたんですよ」
モエギがそう言うと、驚いたのはケロウジだ。
「ハナガサ会ってなんですか?」
照れるハナガサの隣で、ケロウジは丸太に座りながら聞いてみる。
「ハナガサさん、人気があるんですよ。私は旦那がいますけれど、感謝をしているので参加しているんです。そういう女が集まってハナガサさんの素敵な話をしあうんですよ」
ヒイロがそう説明すると、ケロウジは思い出す。ハナガサはよく好意を寄せられていた事を。
しかし、自分の獣好きが他の人に受け入れられない事をよく知っているハナガサはどの縁談も断った。そうしてもう三十八歳になる。
「どうぞ」
シイが焼きたての魚をケロウジに差し出す。それからじっと頭の上の帽子を見つめていたが、フッと笑う。
「上手に化けるものですね」
「い、いや……! これは……」
「とても似合っていますよ」
シイがそう帽子を褒めると、他の女たちもケロウジの帽子姿を珍しがった。
ケロウジはササの事を話してしまうのではないかと焦ったが、それ以上に頭の上のササが動揺しているのが鼓動から伝わってくる。
「からかわないで下さいよ」
「ごめんなさい」
シイはくすくすと笑った。
「ところで、麦の穂のような色の髪をした女性を知りませんか?」
ケロウジは女たちに聞いたが、その場の誰もが知らないと首を振った。
想い人なのか、などと聞かれる中で、ケロウジとハナガサは何とか情報を得られないかと色々な話題を振った。
その中で魔獣の話が出た。
『町の中で猫の鳴き声を聞いた』
『猫の尻尾の生えた女を見た』
『猫に売り物の魚を盗られた』
などと言う人が何人かいるらしい。
「私も見ましたわ」と一人が言いうと、女たちは身を寄せ合うようにして「怖い、怖い」と言い合った。
「ねぇ、ハナガサさん。何とか解決してくださいな」
モエギがハナガサにそう言うと、ハナガサは声を上ずらせて返事をした。
「あぁ……驚いてしまってすみませんな。と、とにかく調べてみよう」
ハナガサがそう言うと女たちは、すでに解決したかのような顔で礼を言った。
ケロウジはハナガサに何かがあるとは分かったものの、女たちの前で聞けずにいる。
すると、急に船着き場から怒鳴り合う声が聞こえてきた。
「ありゃ、始まりましたね」
「あぁ。あいつらはすぐに喧嘩を始めるからな。お前も付いて来い」
ハナガサはケロウジに言いながらすでに走り出している。
喧嘩を始めたのは船乗りたちだ。二人は海の男たちの喧嘩の最中へ向かった。
桟橋では散切り頭の若い男と束ね髪の青年が殴り合いの喧嘩をしている。
「こら! やめんか!」
ハナガサが声を上げると、束ね髪の青年の方がスタスタと船の中へ消えて行った。
残ったのは数人の船員と散切り頭の若い男、それから船長だ。
「いやぁ、悪いなぁ。なにせ血の気が多くて」
若い男の方に拳骨を落しながら船長が言った。
「それはいいが、もうちょっとした騒ぎになっているから報告はせねばならん。理由はなんだ?」
ハナガサの問いにも、喧嘩をしていた若い男は黙ったままだ。仕方がないので船長が答える。
「実はこの港に着いてからうちの船医が行方不明でしてね。ピリピリしてるんだよ」
「なに⁉ 行方不明だと?」
ハナガサが驚くと、船長は頷く。
「あぁ。とは言ってもどこぞで治療してんのかもしれないし、次の船出までに戻ってくりゃあ問題ねぇんだが」
船長はそこまで言って、喧嘩をしてボロボロになっている男を見た。
「俺は探してただけです。文句を言われる覚えはねぇ」
男はそう言って地面を睨み付ける。
「なにか文句を言われたんですか?」
一向に喧嘩の理由に辿り着かない話に業を煮やし、ケロウジが聞いた。
「こいつは普段から船医と仲が悪いからな。探す訳がねぇのに探してるから挙動不審に見えるってんで、さっきの奴が、お前が何かしたんだろうって言って怒ってたんだよ。美人だからなぁ」
船長はガハハッと笑った。
話によれば、行方不明の船医は二十七歳の女だという。その女を好いている男が心配のあまり疑い深くなり、怒っていたというのが原因らしい。
散切り頭の男はフユヤマという名で十七歳。亡くなった前の船長の息子だというのも疑った原因だと船長は言った。
「船長が亡くなった時、お前が殺したんだと船医を怒鳴りつけて随分と荒れてたからな。まぁ、あの豪傑な船長が亡くなるとは誰も思わなかったからな。受け入れられないのは分かるが」
「そうじゃない! みんな分かってんだろう! あいつは父さんの女だったんだよ! 何を聞いてもはぐらかすなんて可笑しいじゃねえか!」
唐突にフユヤマが怒鳴る。
「それはそうだが、誰にも何も言うなという前船長の意志だと言っていたじゃねぇか」
「死人に口なしだからな。父さんの遺品や金品が無くなってないか確認しないと危ないですよ。他国の女狐が」
フユヤマはそう言って踵を返し、船に入って行く。
それを見送り、船長は溜め息を吐いた。
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