秘密 第三

 すると丁度よく、ハナガサとササがケロウジを呼ぶ声が響いた。

「あれは味方だから、呼んで」

 ケロウジが言うと、モエギは岩壁の隙間から声を張り上げて二人を呼ぶ。


 それを見ながら、きっと人間は臆病なのだとケロウジは思う。臆病だから頼れなくて、臆病だから言えない。

 そして疲れてしまって、時には歪んでしまう事もあるだろう。

 だからこそ関わる事を恐れてはいけなかったのだと、石の戸が開けられて急激に光の指す室内でケロウジは気付いた。


 駆け寄る少年姿のササが「だから言っただろう」と説教を始める。

 その横で、差し込んだ光にさらされてモエギとケロウジの霊体は消えて行く。

 消えて行くケロウジの霊体が、自分では覚えのないくらい満面の笑みを浮かべていて、何が嬉しいのだろうと思うとケロウジは少し笑ってしまった。


「おい、ケロ! 大丈夫か⁉」

 狭く天上の低い室内にハナガサが降りて来て叫んだ。

「おじさん。後で話したい事があるんです」

「分かったから、それより怪我はどうなのだ⁉」

「ちょっと疲れました」

「答えろと言うのに!」

 声を張り上げてばかりのハナガサに担がれると、ケロウジはすぅっと眠りに落ちる。




 ケロウジが飯の匂いに目を覚ますと、縁側に降り立った鷹がじっと自分を見ていた。

 けれどパタパタと足音が響くと陽射しの中にさっと飛び去ってしまう。


 縁側の向こうに見える池と、寝かされている柔らかな布団。ここは自分の家ではないな、とケロウジは懐かしく思う。

 すると足音の主が部屋に入って来た。


「ん? おぅ! 起きたのか⁉」

 ササだ。彼は少年の姿で水のいっぱい入った桶を抱えている。

 ケロウジがゆっくりと体を起こすと、ササは嬉しそうに横に座った。

「三日は寝るだろうと思ったけど、お前って頑丈なんだな」

「そう?」

「おぅ。まだ昨日の今日だぞ」


 ササはよほど心配していたのか、少年姿のままひょろっと猫の尻尾を揺らした。

「尻尾が出ちゃってるよ」

「お、不味い、不味い。いやぁ、しかしお前が早く起きてくれて助かったぜ。ハナガサは人使いが荒くてよぉ……掃除、洗濯、人間の飯の支度から獣たちの飯まで色々やらされてんだ。さっさと帰ろうぜ」


 ササが溜め息を吐くと、そこへハナガサがぐつぐつといい匂いのする鍋を持って入って来た。

「まだ働き足りんらしいな?」

「うげっ!」

 ササが慌て、それを見ながらハナガサは鍋を横に置いてケロウジに向き合う。


「おじさん、ありがとうございます」

 ケロウジが丁寧にお礼を言うと、ハナガサは声を上げて笑った。

「しかしお前は頑丈な奴だなぁ! まさか次の日に起きるとは思わなかったぞ!」

「飯の匂いがしたもんで」

 ケロウジたちはひとしきり笑った後、体はどうだとか、ムジナは牢に入れられたとか、そんな話をした。

 そしてケロウジが切り出す。


「おじさん。僕には人に見えないものが見えてるんです。人が死ぬ前に出る幽霊みたいなもんで、自殺するつもりの人や殺される予定の人だけそれが出るんです」

 ハナガサは真面目な顔で胡坐をかき、ケロウジの話を聞く。


「それは必ず出るのか?」

「たぶん、必ずですね。見た目は本人の顔に、首から下は輪郭だけをなぞった黒色。死が近づくにつれて黒色が濃くなるんです」

「自殺か他殺かどうやって見分ける?」

「見分けられないんで、自分で探ります」

「それでか……今回も見えていたな?」

 ケロウジが頷くと、ササが話に割って入る。


「こいつ、自分の霊体も見えてたのに山に入ってったんだぜ! 俺は止めたのに聞かなくてよぉ」

 そうか、そうかと、ハナガサはササの頭を撫でる。

「こんな事で十年もウジウジしやがって」

 フンッと、ハナガサはそっぽを向いた。


「十年は言い過ぎじゃないですか」

「お前を拾ったのは十一年前なんだ。そんなもんだろう。そうか……いや、確か?」

 ハナガサはブツブツと何事かを考えている様子で、ふと「魔獣」と呟いた。

「魔獣がどうかしたんですか?」

 ケロウジが聞くのを、ササはバレたのか? と身を固くして見守る。

 しかしハナガサはササを気にするそぶりもなく、頭を横に振る。


「いや、何でもない」

「言って下さいよ。僕も話したんですから」

「ん? んん……。昔、魔獣は人の死を見ると聞いた事があるんだ」

 それだけだ、とハナガサは言った。

「それより、起きたならお前も食え。腹が減っただろう。ほら」

 あからさまに話を逸らすハナガサを、ケロウジは追及しない。そうしてただ差しだされた飯を食べる。


 秘密を話してしまったケロウジはすっきりとした気持ちだった。

 秘密とはじわじわと効く毒のような物だな、とケロウジは思う。あるいはチクチクと刺す棘かもしれない。

 それが無くなっただけで、飯が美味しくなるようなものだ。


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