デコボコ親子 第二

 ケロウジとハナガサが河原町の団子屋に着いたのは昼時を少し回ったくらいの時刻で、その団子屋は繁盛していた。二人は表の長椅子に座った。

 すると、隣に今朝のムジナが座っているのだ。


「あぁ、先ほどはどうも」

 ムジナは二人に丁寧に頭を下げる。

「おぉ、さっきケロの所に来ていたな」

 ハナガサは何も知らない風を装ってムジナに言った。この人は本当に奥の測れない人だな、とケロウジは思う。


「はい。いやぁ、頑張り屋のモエギの力になりたくて、つい通ってしまうのですよ」

 ムジナがハナガサに言った。ハナガサもそれに頷く。

 ケロウジの方は、どうやらモエギというのは店主である未亡人の名前らしいとやっと気付いたところだ。

 そしてハナガサが気に掛ける女性がどんな人なのか気になって、ケロウジは入り口からちらりと中をうかがい見る。



 すると、そこに居た。

 店主と同じ顔をしているのに体の方は黒く透けていて、虚ろな目で揺れている霊体が。

 モエギの霊体だ。それはキョロキョロと客を見ているだけで、どこにも動かない。

 それが急に入り口に目を向ける。すると、そこから見ていたケロウジと目が合った。

 ケロウジはしまったな、と思いながらも長椅子に座り直す。

 するとケロウジの思った通りモエギの霊体は表に出てきて、そのままじっとケロウジの前に立つ。



「ありゃ。あぁ……ところで、モエギさんってどんな方なんですかね?」

 ケロウジは仕方なく情報を集める事にした。けれど勘違いしたハナガサが喜んでケロウジの肩を叩く。

「お! なんだ。お前もようやく女に興味を持ったか!」

「そういうのじゃないんですけど……」

「照れることはないだろう! そうだな。私が知っている事といえば二十九歳の未亡人、という事くらいだが、働き者で愛想が良くて、美味い団子を作るぞ!」

 ハナガサが大きな声でそう言うと、丁度モエギが二人にお茶を運んで来た。


「ハナガサさんに褒められちゃ恥ずかしいじゃない」

 モエギには少しも照れた様子などなく、陽気に答える。そして腰をくねらせながら手を合わせ、軽く謝るのだ。

「ごめんね。今すっごく忙しくて、お団子もう少し待ってもらえない?」

「慌てていませんから気にしないで下さい」

 そうケロウジが無表情に返すと、モエギは礼を言ってパタパタと仕事に戻る。


 その間にも、モエギの霊体はケロウジたちの座る長椅子の方をじっと見ているのだ。その目を逸らすなとばかりに、ケロウジの顔に近づいて来たりもしている。

 モエギの霊体は『痛い、苦しい』と言っているが、場所や犯人の手掛かりになりそうな事は言わない。


 その後、店の客やら本人の様子を観察して分かったのは、モエギは随分と色々な男に好かれているらしいという事。店の客もほとんどが男だ。

 これは男絡みで殺されるのか? とケロウジは考えるが、いいや、と首を横に振る。

 前回のヒイロの事もあるのだから、決めつけて動くのは良くないと思ったのだ。


「さて、お先に帰らしてもらいますよ」

 ケロウジたちが団子を食べ始めた頃、ムジナが席を立った。

「はい。それじゃあ、また」

 ケロウジが挨拶をすると、ムジナは「ごゆっくり」と返す。そしてムジナは店の中に向かって呼びかける。

「おぉい、モエギ。先に帰るよ」

「あ、はーい! ムジナさん、またね」

 モエギは急須を片手に持ったまま中から出てきて、ムジナに手を振った。モエギの霊体はその隣でじっと見送る。


 すると、ハラハラと赤い花びらがモエギの霊体から舞い落ちた。それはケロウジ以外には誰にも見えておらず、地面に触れた途端に消えて行く。

「おじさん。この辺りで赤い花なんてありますか?」

 ケロウジはハナガサに聞いてみた。ハナガサは嬉しそうに首を傾げて考え始める。


 ハナガサは初め、ケロウジに父と呼んで欲しいと言った。

 もう何年も前の話だ。特に気にもしないケロウジは言われた通りに父さんと呼んだのだが、呼ばれたハナガサの方が照れ臭くなってしまったので『おじさん』に落ち着いたのだ。


「そうだなぁ。滝の辺りに赤い百合が咲くと聞いた事があるが。それに紅梅、あとは椿だな」

「椿……」

 女性に贈るのなら赤より桃色がいいだろうとはしゃぐハナガサの横でケロウジは、死ぬ場所は梅や椿の木のある辺りかな、と考えていた。


「花びらの大きさからすると椿かな」

 ケロウジがそう独り言を言うと、ハナガサが真顔で覗き込む。

「贈り物の花ではないのだな? 今度は何だ?」

「え? いいえ。仕事の事ですよ」


 ケロウジは分かりやすく誤魔化す。もちろん、ハナガサは誤魔化された事に気付いているし、ケロウジも勘づかれている事は分かっている。

 感情が表情に出ない割に、ケロウジは言葉で気付かれてしまうのだ。

 言葉は難しいと、ケロウジは溜め息を吐く。


「すみません……」

 ケロウジが謝ると、ハナガサはその頭を撫でながらいつも通り豪快に笑う。

「いいさ。話したくなったら話してくれ」


 ケロウジは霊体が見える事を隠し続けている。ハナガサにも、他の誰にもだ。自分の口から話したのはササが初めてだった。

 それについてケロウジは、ササが魔獣だから言えたのではないかと思っている。ケロウジにとっては獣や魔獣、山の方が暮らしやすいのだ。

 人間は好きだけれど、感情の機微や言葉の選び方など、ケロウジには少し難しい。

 だからこそ何が誰を傷つけてしまうか分からないので、自殺するか殺される前にその人の霊体が見えるなどとは言えないでいる。


「しかし、気付かない振りをしてもう何年になるだろうな?」

「ちゃんと気付かない振りをしてくれた事なんかないじゃないですか」

「そりゃお前、話せよって訴えているのよ」

 ハナガサは団子を頬張りながら二ッと笑う。


 それからムジナの竹の話があるので近々また会おうと約束して、ケロウジたちは席を立つ。

「私はすぐそこの港町へ帰るだけだが、お前はこれから峠道を越えて帰らなけりゃならんのだから、悪い事をしたな」

「まだこんなに明るいんだから大丈夫ですよ。あっ……。悪いと思うのなら、お土産を買ってもらえませんかね?」

「ケロ……おねだりならもう少し可愛くやってくれ」

 ハナガサは文句を言いながらも、ケロウジに醤油団子を持たせる。

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