鈍感じゃない俺はラブコメ主人にはなれない

かしわもち

プロローグ

第1話 恋愛経験がない俺は告白の返事すらまともにできない

「好きです!」


俺と声の主以外は誰もいない、しんと静まり返った放課後の教室に告白の言葉が響く。


「……ありがとう。うれしいよ」


引きつった笑顔で俺は言葉を返す。

とはいえ、可能性がある程度にしか考えていなかった。

だがこの一瞬で仮定が確信に近づいてしまった。


おいおい、マジかよ。もし仮定が正しければこうなるかもしれなかったけれどまだ心の準備ができてねえよ! 


とにかく、まずは落ち着いて対応しよう。

俺、今までこういう時どう答えてたっけ……


って今まで告白されたことないからわからねぇぇぇぇ!!


もうパニックである。

目はあちこちに泳ぎ回り向り、変な汗が全身に噴き出す。

向こうの目には俺はさぞかし挙動不審に写っていることだろう。


一度も告白などされたことが無かった俺には告白の返事をすることは未知でありハードルがとても高いのだ。

フリーズした脳を何とかフル回転させて返事をしようと試みるが逆に焦ってしまう。


考えろ! 今までやってきた恋愛シミュレーションゲームを思い出すんだ。


ここは俺も好きですと言うべきなのか? 

いや、でも向こうからはまだ好きですとしか言われてない。

俺のやってたゲームだと『好きです、付き合ってください』と言われてから『はい、喜んで』と答えた気がする。

彼女に付き合ってくださいと言われるまで待つべきなのだろうか。


そもそも場の流れで付き合ってしまって良いのだろうか?

そうなると一旦保留にさせて貰って後日返事をするのが……でも男ならはっきりすべきだよなぁ。


「……」

「……」


そんなことを事をごちゃごちゃと考えていると、ただただ無言の時間だけが過ぎていく。


気付けば彼女の両目には大粒の涙が今にもこぼれそうなくらい溜まっていた。


「急にこんな事言ってごめんね。今日のことは忘れて」


彼女は震える声でそう言うと走って教室を出て行ってしまった。


「やっちまった……」


教室に一人取り残された俺は呆然とつぶやく事しか出来なかった。







「どうしたの?兄さん」


俺の中学3年の妹 如月楓きさらぎかえでがダイニングのテーブルに突っ伏していた俺の顔を覗き込む。


楓は妹と言っても母の連れ子で義妹だ。つまり俺との血の繋がりは全くない。

うちは母も父もバツイチという少し複雑な家族構成になっている。


俺は3年前まで父親と二人暮らしだったが、父が再婚してから楓を含めて4人家族になった。


そのせいか同居し始めてからしばらくは楓との距離はなかなか縮まらなかった。初めは話しかけてもずっと無視されたし、俺の顔を見て話をしてくれなかった。

楓は当時まだ小学生だったため、身辺の環境の変化は相当なストレスになっていたのだろう。それが原因か楓は滅多に笑わなかった。


俺は年上の兄としてなんとか妹の力になってあげたいと思い、仲良くなるために様々な事を試した。ずっと一人っ子だったから兄という存在に憧れと義務感があったのかもしれない。 


妹を理解するために積極的にコミュニケーションをとったり、会話を広げるために楓の趣味を理解しようとめちゃくちゃインターネットで勉強したりもした。今思い出すと心を開いて貰うために色々空回りしまくっていて、恥ずかしくなってくるが、その努力が身を結んだのだろうか。今では兄さんと呼んでくれるまで俺に懐いてくれている。


「兄ちゃんは今凄く悩んでいるんだ」


俺がそう言うと楓は隣の椅子にちょこんと座って頭をなでなでしてきた。かわいい。


楓は容姿端麗で成績も運動神経も良い。

仕事で帰ってくるのが遅くなる両親に変わって掃除、洗濯、料理までこなす完璧超人だ。はっきり言って会う人全員に自慢したくなるほど非の打ち所が無い。先ほど気付いたある一点を除いては……


「楓、ちょっとこっち向いてくれるか?」


「いいけど、本当にどうしたの? 今日なんかおかしいよ。体調悪いなら私が看病してあげようか?」


俺をからかうように笑いながら楓はそう言う


「ありがたいけど体調は絶好調だよ。それに俺がおかしいなんていつものことだろ?」


自虐ネタで話題をそらすと同時に、楓の顔をじっと見つめる。


「あ、あの兄さん? そんなに見つめられると照れちゃうよ」


楓が顔を赤らめて目をそらす。

対称的に俺の顔は真っ青だ。

あぁぁぁぁぁぁぁやっぱりあるぅ!!

見間違えじゃなかった。

楓のを見つめながらどうか夢であってほしいと願い、俺はまたテーブルに突っ伏した。







俺―如月純也きさらぎじゅんやは生まれつきで人の顔をじっと見ると、おでこのあたりに色のついた記号やマークなどの形が浮かんで見えた。実際のおでこにタトゥーのように浮かび上がって見えるわけでは無く、ぼんやりと宙に浮いて見えるのだ。

それが何を意味するかは分からなかったが、小学校に入るまではみんなが見えているものだと思って、特に気にしていなかった。


しかし、小学校に入るとこれが見えるのは自分だけだと知った。

友達に話しても信じてもらえず、おかしいやつと笑われ、虐められたりした。

だからつい最近までこれが何を意味しているかは全く考えたともなかったし、進んでマークを見たいと思ってもいなかった。


ところが、半年ほど前に『共感覚』というものがあることをテレビ番組で知り、この現象は共感覚による物なのではないかという考えに至ったのだ。


『共感覚』とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人に起こる現象だ。

たとえば文字や音、数字にも色がついて見えたり温度や味を感じる人もいるという。


自分がおかしかったわけではないとわかると『共感覚』について興味がわき、俺はインターネットや図書館で自分に似た症状について調べたのだが何も見つからなかった。

それに加えて俺の場合は何に色や形が付いているのかすらわからなかった。


そこで、その日から俺はおでこに浮かび上がる形と色が何に関係しているか街行く人々を人間観察をしながら調べることにした。

かなり難航すると思っていた調査だったが、形と色のパターンを調べ始めてすぐにこれは他人のしたものではないかという仮説が立てられた。


確かに人の表情には感情と深い関係があるため信じられない話ではない。

俺はマークの形は感情の種類、つまり喜怒哀楽を。色はその感情の度合いを表しているものであると予測できた。


しかし問題は楓の額に浮かび上がっているピンク色のハートマークだ。


実は昨日告白してきた女子にもピンク色のハートが見えていた。

ピンク色は何の度合いを表すかは分かっていなかったが、ハートマークは見た通りに好意を示すことは分かっている。

そのため、俺はピンク色のハートマークは恋愛感情なのではないかと予想していたのだ。


その反面、ピンクのハートが恋愛感情というのは安直すぎて無いだろうとも思っていた。

それにおでこに見えるマークは自分に向けられた感情だけでなく他人へ向けられた感情かもしれない。

だからピンクのハートが恋愛感情を表していたとしても、すべてが自分に向けられたものとは限らないのだ。

そのため、恋愛感情ではないと自分に言い聞かせてきた。

もし間違っていたとしたら己惚れ妄想野郎になってしまうからだ。

己惚れナルシストには絶対になりたくなかった。

なりたくなかったのだが……





「――兄さん? ねぇ兄さんってば」


相変わらず楓はおでこにハートマークを浮かべて机にへばり付いている俺を揺さぶっている。

いや、まだだ。まだ楓が俺を恋愛対象として見ていると決まったわけではない。

そうだ、家族愛的な何かだろう。

さすがに血がつながっていないとはいえ兄妹に恋愛感情を持つのはないだろう。

何で気付かなかったんだろう。勝手に想像しちゃってごめんよ楓。


「心配かけてごめん。もう大丈夫!」


さっきまでの暗い気持ちから一変、明るい気持ちになった俺は妹に愛されている喜びを噛みしめながら学校へ行く準備を進めるのだった。

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