第二章 領地の開拓編
第76話 ウルトゥムの1日。1
大和帝国の首都・大和より少し北、大和皇帝・紅玉帝にフルボッキ領と名付けられた貴族領地がある。
この地の領主は戦争での武勲により爵位を与えられて貴族になったばかりの若輩者である。爵位は男爵。大和の軍部にも籍があり、階級は大尉である。
領主の名前は松永・フルボッキ・十全である。
ミドルネームがふざけているみたいだがそれには訳がある。これは紅玉帝が十全のあだ名のボッキ君をふざけて付けたもので、まごう事なきふざけた名前なのである。
しかし、このボッキというあだ名がすでに大和帝国内で親しまれていることを当の本人はまだ知らない。
彼女の名前はウルトゥム。
フルボッキ領の松永男爵の奥方である。
紫の髪に幼児のような体躯、大和の民より少し色素の薄い肌色をした女性である。
彼女の朝は意外と早い。朝日が昇るころには目が覚める。これは小さい頃からの習慣である。が、今では隣で眠る夫の寝顔を見るのが日課になっているからでもある。
「フフフ、まさかこんなことで幸せになるなんて思ってなかったな。」
ウルトゥムの立場は本来敵国の将で、大和では捕虜になっていたものだ。
ウルトゥムの生まれたボリア帝国と大和帝国の最後の戦争。星間戦争の終了のきっかけとなった戦いで、ウルトゥムはボリア帝国側の大将として大和に攻め入った。
大和帝国はこれに決死隊によるカウンター作戦で迎え撃ち、その決死隊の中に居て、大将であるウルトゥムを打ち倒したのがこの夫になる。
自分を倒し、捕虜にした男に嫁ぐ。これにウルトゥムは全くの抵抗が無かった。
そもそもボリア帝国は侵略国で、倒した部族を奴隷化したりする文化であったからでもある。が、それ以上にウルトゥムが夫に惚れているからである。
ボリア帝国の皇帝の血筋にありながら、異端なる白い肌を持っていたウルトゥムは迫害されていた。
妾腹の娘としても立場は弱かった。しかし、それが功を奏して現皇帝の即位に際しての権力争いに巻き込まれずに済んだ。
現在ではボリアの皇族は皇帝の義妹である自分一人になってしまっている。
それが他国の捕虜、どころか、倒した相手に嫁ぐことは和平を結び、国交を作ろうとしている大和帝国とボリア帝国の政治的バランスに大きな影響を与えている。
大和側はそれが狙いでウルトゥムを嫁がせたのが分かる。
そしてボリア側からは、ボリアの最強の騎士が直々に自分の暗殺に出向いて来た。
もともとウルトゥムはボリアが嫌いで、いつかは抜け出したいと思っていた。
その自分を打ち倒した十全に惚れてしまったのだ。それまでの自分を打ち壊してくれたような気分だったのだ。
自分でもチョロいと思う切っ掛けだったが、惚れた時点で負けだった。負けたから惚れた。―――どっちも同じである。
だから大和の偉い人から十全と結婚しろと言われた時はうれしかったし、十全に受け入れられたのも嬉しかった。―――あと、十全のを受け入れられた時も嬉しかった。
はにかみながら十全の頬を突っついて寝顔を堪能したら、十全を起こす。
これは自分の役目だ。
「おはよう。ミチル。」
「――う…ん。おはよう。ウルトゥム。」
「今日もいい天気ですよ。」
こうしてウルトゥムの朝は始まる。
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