第66話 黒き竜は1人思いにふける。4

さて、新たな主は無事に帰って来るだろうか。


あの方も大層腕が立つのは分かっている。そうでなければ拙が負けたとことの動揺を突かれたとてウルトゥム様が敗れるはずがない。


とはいえ、それでもやはり人の域。


いや、地球の戦士たちはその持つ技術もさることながら、戦士自体もかなりの強さを誇る。


実際にボリア帝国との戦闘ではオーガぐらいは一対一で勝てるほど、加えて数的不利にもかかわらず多勢を打ち破って見せた。


集団としての強さと個人の強さをもってして地球人は強いと言える。


そのうえで、今の主は強い方であるが、まだ人の域だと言えるのだ。


あの方では拙の様な真竜を1人で相手することができないだろう。


……だからこそ、1人で拙を打ち倒したエイボンはすごいと言える。


そして、この大和帝国には同じことをやってのけた男が1人いる。


大和帝国の最高戦力の六覚顕聖、その1人の「独覚」の称号を持つと言った穿 一心斎。


エイボンとは違うはずなのに、奴と対峙したとき確かに懐かしさを感じさせた。


おおざっぱにまとめただけの長い黒髪、まるで底なしの穴の様な黒い瞳、エイボンほどではないが白い肌、細身だがしっかりと鍛えられていることがうかがえる体幹、背の高さは地球人としてはやや高い感じ、黒を基調とした大和帝国の軍服、その上に大和帝国の民族衣装の朱いキモノというものをマントのように羽織っていた。


余談だが、キモノなる衣装を大和に来てから何度か見てきたが、本来は腰のところで太いベルトで絞めてきているものなのに、奴だけはマントのように着ていた。


たぶん奴は大和帝国でも変わり者に違いない。


しかし、奴が着ていたキモノの柄は大変すばらしかった。


何かの植物が描かれていたが、その表現の仕方が絶妙でまるで風が吹いているかのように感じられる絵だった。


拙の立場が落ち着いたら、いつかあのキモノというものを色々そろえてみたいものだ。


と、少し話がそれたが、穿と名乗った男はエイボンとは違う姿かたちをしていた。


しかし、戦ってみて感じたモノはとてもエイボンに似ていたのだ。


闘い方も一つの力にこだわらず変化に富んだものでありながら、その一つ一つが高い練度を誇り拙を圧倒してきた。


また、その戦い方から感じられる性質、魂のようなものがエイボンに似ていると感じさせたのだ。


エイボンはボリアの民の中で人とは思えない長い時を生きていた。


もしかしたら穿という男も見た目通りの年ではなく、長い時を生きてきた超越者なのではと思っている。


そういう意味ではやはり今の主は腕こそ立つものの、人の域にとどまっていると言っていいだろう。


拙は穿に負けて捕虜となったが、奴は拙の願いを聞いてくれた。


エイボンに似たウルトゥム様。


拙が勝手にエイボンの忘れ形見だと思っているだけではありますが、拙の命ある限り貴方にお仕えしたく存じます。


その願いを聞いた穿はウルトゥム様の主となったお方に仕えることを条件にウルトゥム様の傍にいることを許してくださった。


今は離れているからこそ、お2人に何かあればと心配になりますが、ウルトゥム様とそのウルトゥム様に勝った主様ならよほどのことが無い限り大丈夫だろう。


例えば、ボリア帝国から黒騎士様がやって来るとかがなければ…


そう思いながらヴォルテールは風呂から上がったのだった。

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