第64話 黒き竜は1人思いにふける。2

ひとしきりポージングを取ったヴォルテールは満足して風呂に向かった。


この屋敷は新築ではあるが、それでも留守を預かるヴォルテールが最低限の掃除を行っているために綺麗なままだ。


その中でも、浴室は念入りに綺麗にされている。


それはヴォルテールが風呂好きだからである。


いや、正しくは風呂好きになった、である。


竜だったころは100年ぐらい水浴びをしないこともあった彼だが、今は人間体での生活を余儀なくされている。


よって、彼は風呂に入るようになったのだ。


ヴォルテールは浴槽にお湯を張りながら、シャワーを浴びて体と頭を洗っていく。


筋肉がしっかりるいているヴォルテールの体は、固めのタオルでたっぷり泡を付けてゴシゴシと洗われていく。


身体の次が頭である。


しっかりと洗って、トリートメントも付ける。


洗い終わったら一気に髪をかき上げて顔を振り水けを飛ばす。


そのころには浴槽にお湯が溜まってきている。


この屋敷には大浴場もあるが、彼は自分一人ならと小さい浴槽の風呂を利用している。


それでも、そこそこ背の高いヴォルテールが足を延ばして入ることができるぐらいの浴槽である。


「ふむ、このように簡単に熱いお湯が使える大和帝国の技術はすごいですな。」


独り言をつぶやきながら浴槽に身体を沈める。


「そしてお湯を贅沢に使えるからこその入浴文化。素晴らしい。」


お湯で顔を洗う彼は手足を伸ばしリラックスする。


そうすると思い出してくる、自分の竜としての生涯を―――


かつて自分を打倒した2人の人間を。


1人はつい最近、自分の今の立場を作った者。


もう一人ははるかな昔。先の自分、ボリア帝国の力の象徴としての、帝竜と呼ばれる切っ掛けを作った者。


後者との出会いを今一度思い出してみる。


小さき人間種でありながら、大きな竜自分に果敢に挑んできた男。


自分に挑むものは皆が怯えながら向かってきたものだが、自分を倒した人間は2人共自分を相手にしても余裕の笑みを浮かべていた。


最初に自分を倒したのは一見、女と見まごう美しい男であった。


銀の髪と紫の髪をもつ耳の長い男。


人間にしては背が高いが細身で頼りなさそうな奴だった。


「よぉ、テメェがここいらを縄張りにしている王様か。」


当時の自分は食物連鎖の頂点であり、縄張りでは敵なしだった。


しかし、自分があそこで王様気分を味わっていたかと言えば……どうだっただろう。


「残念だがそれも今日までだ。今これよりテメェをぶっ倒してオレ様が王になるからな。」


今思うとガラの悪い口調だったものだ。


後に本当の王として口調を変えた時は腹を抱えて笑ったほどに。


あぁ、そうだ。


奴は王になった。


真竜たる自分を倒して縄張りを乗っ取り、周辺部族を武力で統一して、巨大なる帝国を築いた。


奴こそがボリア帝国の初代皇帝、エイボン・ホートフ。


いや、皇帝になってからはエイボン・ルスト・ラル・ホートフだったか。


ボリア皇室のホートフ家の始祖にして偉大なる魔術師、それでいて剣の腕も優れた傑物。


ボリア帝国に住む民族の中では珍しい白い肌をした男だった。

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