第51話 仁王の役割は邪悪なモノの侵入を阻むこと。

さて、たっぷりと鹿と戯れたウルトゥムを連れて来たのは東大寺の南大門だ。


そしてここで予想外のことが起きてしまった。


ウルトゥムが南大門の金剛仁王力士像にはまり込んでしまったのだ。


――――いや、別に物理的な話ではない。


そりゃぁ、ウルトゥムが頭から仁王像の腹筋につ込んで、上半身がめり込んでお尻を突き出している光景とか、想像するとなかなか笑えるものではある。


が、


実際そうなったら大変だ。


仁王像は日本の宝であって、そんなコントみたいな形で壊れて良いようなものでは無いものであって、


そして実際にはそんなことは起きていないのである。


では何が起きたかというと、



仁王像の腹筋にウルトゥムの頭がめり込んだのだ。



――――精神的に。


それは見事にドハマりしていらっしゃった。


仁王像を見上げるウルトゥムの目はそれはもうキラッキラッに輝いていた。


――――8個の目がみんなである。


口はポカンと開いたまま――――というかバックリと裂けて鋭い牙がのぞいていらっしゃる。


スカートのすそからは黒光りする尻尾のようなモノが出てきていて、それが左右にのたうち回テイル。


うん、


なんと言うか犬の尻尾の様に愛らしいものではなく、精神がおかしくなりそうな正気度の低いモノであって、言い回しがおかしいのは仕方がないと思ってほしい。


ウルトゥムははっきり言って人には見せらんないような格好になっているのだが、幸いにもこのご時世では観光客もいなかったので存分に堪能させてあげた。


このウルトゥムを見ているのは俺と鹿たちと、鹿せんべい売りのおばちゃんだけだ。


そしてあのおばちゃんはウルトゥムの姿を見ても動揺してないし、たぶん陛下の側近の人なのだろう。


でなければ、あのおばちゃんはマッチ売りの少女よろしく、人生最後に幻を見た状態になっているだろう。



そして、ウルトゥムはじっくりと仁王像を鑑賞していた。


その時間ナント30分である。


加えて言うとその時間は像一体に掛かった時間であって、仁王像は二体あるわけで、つごうあわせて1時間もの間眺めていたことになる。


「すっごいハマってたな。どこが良かったんだ。」


「どこと言われても全体を通して素晴らしかったと言いたい。その中で特に上げるとなると――――筋肉かな。」


「そうか。」


興奮気味のウルトゥムに笑顔で応えながらも、俺はさりげなく二の腕を掴んでみる。


――――うん、無くは無いよな。


「あぁ、この筋肉の躍動感あふれる造形は素晴らしい。大胸筋なんて今にもピクピクと動き出しそうではないか。―――素晴らしいベッルス!」


俺はさりげなく自分の胸に手を当ててみた。――――無くは無いよ。無くは。でもピクピク動かせるほどじゃないな。


贅沢は言わないからもうちょっと胸が欲しいな。


「はぁ~、いいな~。筋肉最高。」


「なあウルトゥム。」


「ん?なんですかミチル。はっ、すみません。時間かけ過ぎでしたよね。」


「いや、そこはいいよ。満足するまで付き合うさ。……けどさ、俺もうちょっと筋肉つけた方がいいかな。」


「?……?―――あっ、違いますよ。ミチルの筋肉に不満はありません。これはあくまで観賞用であって、実際抱き合うならミチルぐらいがちょうどいいですから。」


「ハ…ハハ、うん、ありがとう。」


「本当ですよ。だから気を落とさないでください。」


「うん、大丈夫だよ。」


俺は心の中でもうちょっと筋肉を付けることを決めた。


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