第3話 魔法適正「1」
ヘレナ・ウルペースには、魔法の才能がなかった。
魔法学院に入る13歳になる年の初め、貴族の子供は「魔法適正」と呼ばれる数値を測る。魔法適正は0から1000で表され、その数字はそのまま魔法の強さ、扱える魔法のランクに直結する。『魔法は才能』というのは、世界の常識である。
魔法の力で発展してきたこの国、ラウルスにおいても、何よりも魔法適正の高さが重視される。これこそ貴族の格を決めるものであり、連綿と続いてきた「血の力」の効力は絶大。伯爵以上の貴族から極端に魔法適正の低いものが生まれた例はない。だからこそ王子の婚約者は8歳の時点で伯爵以上の娘から選ばれる。
だが。
「ヘレナ・ウルペースの魔法適正は――「1」」
そう告げられた瞬間、私の人生は一変した。
婚約者のカニスは私への侮蔑の色を隠さなくなった。元々甘く、幻想家の癖がある彼が私を疎ましく思っていたことは知っていた。彼はすぐにでも私を婚約者から外したかったことだろう。(ついでに彼は私よりも身長が低いことも気にしていた)
だが王は厳格な人だった。最終的には私をカニスの婚約者に選んだのは王であり、王は私の魔法適正が極端に低いことを知っても、私を婚約者の座から降ろそうとはしなかった。一度決めたことに意地になっていただけなのかもしれない。カニスの甘い部分を補えると考えたのかもしれない。
しかし周りの人間はそうは思わない。魔法学院に入ると授業の半分は魔法に関するものになり、私の魔法適正は男爵家を除けば貴族の中でダントツの最下位。にもかかわらず王子の婚約者の座に居座っているのだから、私を疎むものは多いし、嫌がらせも随分と受けてきた。
と言ってもそれも過去の話。ここに来るのもこれが最後だろう。
「到着いたしました、ヘレナお嬢様」
「ありがとう、フィーデス――行ってくるわね」
私は執事長のフィーデスに礼を言って馬車から降り、ウィンクルム学園の門の前に立つ。さあ、最後くらい気合を入れていくか。
「お嬢様」
しかし後ろから声がかかった。振り向くとフィーデスの灰色がかった双眸が私を射抜く。
彼とは私が物心つく前からの付き合いだが、自発的に物を言われたことは初めてである気がする。
「なにかしら」
「一つ、よろしいでしょうか」
「だから聞いているの。なに」
この男が言い淀むこともまた、とても珍しいことだ。苛立ちよりも好奇心が先立ち、目線で先を促す。フィーデスはやはり少し躊躇い、しかし口を開く。
「本日の用事は学校にあるお嬢様のお荷物を家まで運ぶこと。本来、わざわざお嬢様が出向くような御用に御座いません。とはいえ些か荷が勝ちすぎる用事でありますが、よろしければ私フィーデスがお嬢様の名代として――」「――黙りなさい」
自然と語気が荒立った。しかしフィーデスは僅かの動揺を見せることもなく、馬車の前に直立したままだ。
「用事はそれだけじゃないってこと、貴方だったらわかるでしょう?」
聞くまでもなく、フィーデスは理解しているだろう。婚約破棄され罪に問われている令嬢が、従者も無しに校内をうろつく。
自らさらし者になるのも、時に貴族の役目だ。
フィーデスは私の問いに返事代わりの会釈をする。今の申し出がこの男の善意でしかないことは分かる。ひたすら職務に忠実で寡黙な男の親心、とでも言うものだろうか。軽く息を吐き、肩の力を抜く。
「ここまで送ってくれただけで充分よ。そもそもここは、執事長の貴方がいるべき場所じゃない。貴方も家で為すべきことがあるでしょう」
「……では、これにて」
わずかな逡巡の後、フィーデスは一歩下がる。私はそれに返事をすることなく、一人校舎に向かう。
私が校舎の中に消えるまでフィーデスがそこに立ち続けていたのは、見なくとも分かった。
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