幽霊サヨ子

白玉いつき

第1話

  一


 オキンカ!


 ぼけたぼくの頭に、そんな言葉がひびいてきた。まだ朝日もまない朝方のことである。


 オキンカ? なんだそりゃ。


 まだねむぼくは一度大きく寝返ねがえりを打って、姿勢を変えた。途中とちゅうなにかにぶつかったような気もするけど、昨日きのう飲み明かしたビールかんか何かだろう。


 気にすることもせずに、ぼくはまたねむもうとした。


 オキンカコノバカタレ!


 まただれかの声が頭にひびいた。いかっているみたい。怒鳴どなごえが頭にガンガンとひびいた。


 もしかしてオキンカとは「起きんか」のことでだとしたら、コノバカタレ! は「このバカたれ!」とぼく罵倒ばとうしているのでは? そう思い至った途端とたん、腹部に激痛を覚えた。


「いっっってええ......!」


 ほとんどかすれそうな声がこぼれた。ぼくは痛みが走る腹部をりながらもぞもぞと起き上がった。


 いったい何が起きたのか。まるでだれかにみつけられたように痛むおなかりながら、ぼくは周囲を見回した。


 だれもいない。


 目の前には昨日きのうねむりについたままの状態が広がっている。かんとつまみのふくろで散乱した机と電源の消し忘れたテレビ。それからたたみかけの洗濯物せんたくものとほったらかしにされた食器類と充電じゅうでん中の赤ランプがついたスマホ。そんなものしか見当たらない。


 まあ当たり前なんだけど。ぼくは独り暮らしで、夜中にわざわざ奇襲きしゅう仕掛しかけてくる彼女かのじょ友達ともだちは持ち合わせていない。


 散らかった八じょう一間をもう一度見回したが特別なことは何もなかった。


 ぼけていたんだろうか?


 おそらくそうだ。昨日きのうは深夜まで残業で、それからやけ酒を飲んでいたからそんな幻覚げんかくでも見てしまったのだろう。ぼくはそう合点してまたねむりにつこうとした。それにしても腹が痛い。


「見えてないんか? なんじゃい、悲しいのう」


 そんな声が聞こえてきた。


 まるで老人のような物言いのくせしてその声音こわねは幼子のようにやわらかい。


 ぼくはビクリと体をふるわせた。


 どこからか聞こえたその声を探そうとあちこち見回す。台所のゆかれの中、机の下、窓の外、椅子いすの上、テレビの後ろ、カーテンの裏、どこを探してもやはり見当たらない。


「おおやっぱり聞こえてはいるんじゃな。ここじゃ、ここじゃよ」


 しかし、確実に声の主はぼく部屋へやの中にしのんでいる。見つけられずにあせっていたぼくは、天井てんじょうあおぎ見た。そして仰天ぎょうてんした。


 見つけた。少女がいた。


 まだ年端としはもいかない幼い顔をした少女が天井てんじょう付近でプカプカといているのだった。


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