ヒマリまであと一時間…


 「リク。あと一時間で《ヒマリが帰ってくる》から、心の準備をしておいてね」


 彼女が《哲学者》になっている時間は二時間。

 あと一時間経てば、転校してきたばかりの星奈ヒマリに戻ってしまう。


 隣の席になった僕だが、そういえば星奈とはまだ一言も話してない。

 

 いや、今話してる? いやいや、彼女は《プラトン》であり、星奈ではない。

 

 考えるんだ。

 さあ、僕はどうするべきか……


 あ、せっかくプラトンが隣にいるのだから、聞けばいいんだ!


 「プラト……、あ、違う!

  星奈。これから僕はどうしたらいいかな?」


 彼女は少し考えて、こう言った。


 「どうしたらいいだろうね」


 え!? 天下のプラトンがまさかのノープランって、嘘だろ!?


 「リク。君の“答え”は君の中にある。そして、人間に関わることに、“正解”はない。これは君とヒマリとの問題でしょ?」


 むむ……。


 「もちろん私の中にも“正解”はないよ。でも、私たちはこうやって話し合って、一緒に考えることができる。……それって、素敵なことだと思わない?」




 ……全然思わない。

 いいから早く、賢者の“答え”を教えてほしい。



 「リクは、私のこと知りたくないの?」




 ……それは知りたい。

 あ、そうだ。僕はまだ星奈のことを何にも知らないんだ。

 一緒に帰るにしても、まずは星奈の家がどこにあるのか分からない。

 まずはそこからだ。


 「星奈」

 「ん?」


 やばい。イチイチ可愛い。


 「星奈んちってどの辺なの?」

 「……郵便局の近く」

 「何郵便局?」

 「……引っ越してきたばっかりだから、わかんない」

 「え?」


 こいつは困った。

 でも大きなヒントだ。この辺りに郵便局は2つしかない。


 「白木郵便局? 糸口郵便局?」

 「名称まではわかんないよ〜。でも、近くに古いお店があって、おばあちゃんが1人でいろんな変わったお菓子を売ってる」


 いろんな変わったお菓子。

 あ、駄菓子屋か。

 白木町の若杉商店だ。

 ということは、白木郵便局の近くだ!

 僕の家からもそんなに離れてない。

 

 「星奈! わかった! 白木郵便局だ!」

 「正解!」


 星奈はニコニコ嬉しそうに笑っている。


 「『正解!』って何だよ! 知ってたんだったら、言ってよ!」

 「だって、リクと一緒に考えたかったから」


 こいつ……。


 そして彼女は遠くを見つめて、こう言った。




 「少年たちの勉学を、強制と厳格さによりて訓練せず、彼らに興味をいだかせるべく導くならば、彼らは心の張りを発見せん」




 え? 何なに??


 「リクは、勉強好き?」

 「……いや、嫌い」

 「どうして?」

 「どうしてって、覚えることばっかだし、面倒くさいし。そもそも、社会に出て何の役に立つのかよくわかんないし。勉強なんて、いい大学に入って、いい社会人になるための訓練でしょ? なんか馬鹿みたいじゃん」


 あ。つい、いろいろしゃべっちゃった。


 彼女は興味津々な瞳で、僕の目をジッと見つめて言った。


 「正しい!」


 へ? 何それ?


 「リク。いい?

  勉強は、“興味から始まる”。そして興味は、教育者が君たちに抱かせるものだと思う。リクは今、ヒマリに興味あるでしょ?」

 「う、……うん」

 「そう。それが大事。そうしないと、人は考えることをやめてしまう。だって、興味ないことなんて考えたくないでしょ?」


 う、……その通りだ。


 彼女は本当に楽しそうに話す。


 「じゃあとりあえず、白木郵便局を目指して歩こう!」



 そうして僕らは、僕たちの“答え”を探しながら歩いていくことになった。

 

 横を歩く彼女の明るい横顔を見ていると、なんだか嬉しくなる。


 「リク。ヒマリに惚れた?」






 「……んなわけないでしょ!」


 「おかしいなぁ」



 とぼけやがって。

 プラトンは本当に意地悪なやつだ。



 そういえば星奈は、自分のこの状況をどう思ってるんだろう?


 楽しんでるのか? いやいや、そんなことはないだろう。そもそも記憶が飛んじゃってるわけだし……。ってか、東京から引っ越してきたのも、もしかしてこれが原因なのか? このことでいじめられてたとか……。ってか絶対、記憶が戻った瞬間、混乱するよな……。ってか、星奈は前の学校で友達いたのかな……




 ニコニコ楽しそうに笑う美少女の隣で、僕の頭はグルグルとフル回転していた——



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