第20話苦境の人々
まいちゃんは立ち上がった。そして、メモ帳にボールペンで何かを書いていく。そして、僕にそれを突き出した。
「これが彼の連絡先」
俺は笑顔で答える。
「ありがとう。早速かけてみるね」
「・・・・・うん」
俺は書かれた数字をプッシュする。ちらりと見たまいちゃんは誰が見ても憔悴(しょうすい)仕切っており、今はウサギのぬいぐるみを抱いて、亀のように蹲っていた(うずくまっていた)。
数度、コールした後、繋がった(つながった)。
「はい、森崎ですけど」
「あ、森崎さんですか?こんにちは。舞花さんの友人のものですけど」
その瞬間、電話越しからドタドタとした音が聞こえる。
「舞花の友人ですか!?」
「あ、はい。実は舞花さんに頼まれまして、あることをあなたにお伝えしなければならないんです」
本当は頼まれていないが、性格に話すと面倒なので定例句を使ってみた。
「は、はぁ・・・・・」
森崎さんは、子ウサギよろしく、電話越しからも本当にビクビクとした挙動になっていた。
「実はね、舞花さん。あなたのことで困っているんです。毎日、毎日大量の愚痴(ぐち)を聞かされて、精神が消耗(しょうもう)していっているんです。ほら、言うじゃないですか。親しきものにも礼儀あり、と。本当に親しい相手でも、自分のわがままばかり言ってはいけませんよ。あなたが今、どんなに辛い状況に置かれても」
消沈した声が聞こえる。
「はい・・・・・・・・・」
ふと視線を感じて、まいちゃんの方を見る。
まいちゃんの瞳は俺の方をじっと見つめていた。俺はスマホを頬から話す。
「変わろうか?」
それに、断食していた人が初めて儀式から解放されて水を飲むようにコクコクとまいちゃんはうなずいた。
「舞花さんに変わってもいいですか」
「あ!はい!」
俺はまいちゃんにスマホを渡した。
「あ、勇(いさむ)、私だけど。・・・・・・・・うん。うん。そうだね・・・・・・・それで愚痴もほどほどにしてほしいの・・・・・・・うん、うん・・・・・・・すぐに別れるとか、そこまでは考えていない。ただ、やっぱり今、コロナの影響で外出は控えたいし、二人のこれからを考える意味でも、しばらくここにいたい。ゴールデンウィークが終わったら、そっちにいくから。そこで、二人の今後を話し合おう・・・・・・・・うん、うん。とにかく、今はあなたと距離をおきたい。ゴールデンウィークが終わるまで、電話しないでくれる?・・・・・うん、ありがとう」
そして、僕にスマホを返してくる。
「森崎さん?」
「・・・・・・・はい」
沈痛な声が返ってきた。
「今、大変な状況はわかるけど、森崎さんのような若手ならみんな同じ状況だと思うから、頑張って」
「・・・・・・・・・はい」
また、沈痛な声が返ってきた。
これは重症だな。
そりゃあそうだよな。一番辛い状況だからこそ、恋人に頼りっぱなしになったんだから、辛いのは理解できる。
ここで、自分の恋人を困るせるな!とは簡単に言えるが、見た感じ、森崎さんは自分の夢が本気で好きなようだ。本気で好きじゃないのならここまで落ち込むことはない。
「これ、俺のスマホだから、登録しといてもいいよ。何か愚痴を言いたくなったら俺に相談すればいい。話、聞くから」
電話越しから涙ぐむ声が聞こえた。
「はい」
「じゃあね」
「失礼しました」
スマホの通話を消した後も、深々と頭を下げる森崎さんの行動が予測できた。
改めてまいちゃんを見る。まいちゃんの瞳はどこまでも深い紺碧(こんぺき)の海の目をしていた。
「元気出して」
「・・・・・・・・・・・・」
「まいちゃんが気に病むことじゃないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そりゃ、自分の恋人に優しくするのは当然かもしれないけど、人が不快な言動をしてきたら怒るのも人として当然なあり方だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まいちゃんは深海へと潜っていった。
こりゃあ、かなり答えているようだな。
「じゃ、お暇(おいとま)させてもらうかな。また気分展開に散歩したかったらいつでもクロスで連絡してきて。じゃあ」
「うん」
それから近藤家を出て、自宅に帰り、手洗いをして、ベッドに倒れ込んだ。
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