小春日和
平中なごん
小春日和(※一話完結)
それは三月三十一日。
暖かな春の風に満開の桜がそよぐ、よく晴れた春の日の朝のことだった。
「――明日からは小春日和になります。それではみなさん、よい一日を」
出勤前の一時、トーストを頬張りながら忙しなく準備をしていると、なんとなく点けていたテレビから、そんな女性の声が聞こえてきた。
その声に画面へ視線を向けると、朝の情報番組内でやっている天気予報のコーナーである。
まあ、どこにでもよくある、情報番組には付き物の単なるお天気コーナーなのであるが、この局の少し変わっているところは、それを伝えているのが天気予報士でもなりたての若い女子アナでもなく、そこそこ売れ出したレベルの若手女性お笑い芸人だということだ。
担当は半年だか三ヶ月だか、ある程度の期間で交替し、現在は〝レギンスちえこ〟とかいう昨年、一世を風靡した女一人男二人のトリオの女性だけが務めているが、今みたいにピンの時もあれば、コンビ二人で出ている時もある。
しかし、そんな視聴者ウケを狙って専門家でもない者にお天気コーナーを任せたことが裏目に出たようだ。
「小春日和? いや、おもいっきり勘違いしてるだろ?」
いくらお笑い芸人に任せているからといって、舞台裏ではちゃんとした天気予報士がついて監修しているだろうに……その初歩的な間違いには思わずツッコミの独り言を口にしてしまう。
小春日和――〝春〟という文字が入っているので勘違いしがちだが、それは晩秋から初冬にかけて暖かく穏やかな晴れた日のことをいう表現であり、そのために冬の季語ともなっている。
それなのに、この三月も末日のまさに春もたけなわという季節に「明日から小春日和」などとは……こりゃあ、たくさん苦情がテレビ局に寄せられるだろうな……SNSでも「#小春日和」が上位ワードに入ってザワつくかも……。
そうして要らぬ心配をしつつも出勤時間となり、いつものように家を出て最寄りの駅へと向かい、満員電車に揺られている内にそんなこともすっかり忘れてしまっていたのであるが――。
その翌日、四月一日の朝のこと……。
やはり昨日と同じように朝食を食べながら出かける準備をしつつ、なんとなく点けてあるテレビから流れる音声に耳を傾けていたのであるが。
「――え~今日からこのお天気コーナーを担当することになりました、お笑い芸人の小春で~す!」
「同じく日和で~す!」
「二人合わせて小春日和で~す!」(※二人同時)
若手らしく溌剌とした甲高いそんな声が、傾けた右耳の鼓膜と、春眠にいまだ眠たさの残る頭の中に響いたのだった。
目を向ければ、確かに画面には見慣れたスタジオのセットを背景に、この前のN1グランプリ(※
「ああ! なんだ、そういうこと!?」
そこで、むしろ自分の方が恥ずかしい勘違いしていたことにようやくにして気づいた。
昨日、レギンスちえこが言っていた「明日からは小春日和になります」というのは、別にお天気のことではなかったのだ。
それは「小春日和の陽気になる」という意味ではなく、「担当が芸人の〝小春日和〟に変わる」ということだったのである。
確かに昨日は三月三十一日。年度の終わりであり、情報番組の出演者も往々にして変わるタイミングである。
まあ、ながら見してて、ちゃんと聞いていなかった自分も悪いのであるが……それにしても、なんと紛らわしい……。
「けど、お天気担当するにはもってこいの名前かもしれないな」
初のお天気コーナーにまだぎこちない様子でしゃべるちょうどいいブス的な二人の顔をスッキリとした気持ちで見つめながら、そう独りごちてテレビの電源をポチっと切ると、
(小春日和 了)
小春日和 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます