不幸な自由と幸福な不自由の2択

ちびまるフォイ

自分であり続けられる自由

「世間一般では私は大金持ちとされているがそれは違う。

 金などいくらあっても足りないときは足りなくなる」


ある日の父親は兄と弟を呼びつけて語った。


「お前ら2人を何不自由なく生活させるだけの資金はない。

 そこで、1人だけに集中することにした」


父親は金庫のように分厚く頑丈な扉をあけた。


「一人はこの部屋に入って監禁生活をする。

 ただし、監禁を選んだ方には私は全資金を注ごう。

 欲しいものはなんだって手に入る」


「もうひとりは……?」


兄は恐る恐る訪ねた。


「自由だ。何をしても、どこへ言っても自由。

 私はいっさいの反対をしない。その代わり助けはしない」


自由の代償に保護を失うか。

不自由の見返りにあらゆる保護を得るか。


「お兄ちゃんであるお前が先に決めなさい。

 自由か不自由か。どちらにするかね?」


兄は顔を伏せて考えた。

脳裏には先程の監禁部屋のイメージが浮かぶ。


「俺は……自由を選ぶ」


「では弟を不自由としよう」


弟は監禁部屋へと閉じ込められた。

扉を締められるともう中の様子を知ることはできなくなった。


「弟は死なないんだよな?」


「当然。食べ物も欲しい物も、あらゆる物をこの中に届けるさ。

 外の情報も届けるし、私も最大限にバックアップする。

 ただしお前には絶対に何も施さない。それが自由の代償だ」


「自分の人生は自分で切り開くよ」


兄は自分の選んだ選択肢に後悔はなかった。


いつでも行きたい場所に行き、馬の合う友達とつるみ、好きな相手に告白する。

親からあーだこーだ言われることもなかった。


「……父さん、ちょっと相談があるんだけど」


「ダメだ。お前には何も与えない」


「弟にはアドバイスしているじゃないか。

 パソコンで通話していること知っているんだぞ」


「お前と弟は違う。お前は自由を選んだんだろう」


父親はけして折れることはなかった。

食べ物も着るものも、しまいには住む場所でさえ自分で確保しなければならなかった。


見たことも聞いたこともない素人が自分のすべてを賄うことは難しく、

兄は試行錯誤しながら苦しい生活を続けていた。


「うう……寒い……」


橋の下のダンボールハウスで震えていた。

もしも不自由を選んでいたら、今は暖かな監禁部屋でフルコースを食べていたかもしれない。


「いいや……俺は間違っていない……。

 あんな部屋にずっと閉じ込められていたらおかしくなっていた……。

 どんなに幸福でも、外の自由のほうがいいはず……っくしゅん!」


コネもなく、教えもない。

父親とは比べられないほど貧しい生活を何年も続けることになった。


やがて、兄のもとに訃報が届いた。


「親父が……死んだ!?」


どうせ助けてはくれないと知っていたのでほぼ絶縁だったが、

父親の死は弁護士から兄のもとへと届けられた。


「ええ、昨夜なくなりました。

 これまであなたには情報ですら与えないようにしていましたが

 流石にこればかりは伝える必要があると思って来ました」


「親父の遺産は?」


「すべて弟さんに相続されます」


「……どこまでも俺に譲る気はないってわけか」


遺産のわずかでも手に入れば兄の生活は劇的に変化するだろう。

自分の夢のためにほしかった資金がどんと入るのだから。


兄はふと弟のことを思い出した。


「弟は? 今もあの部屋なのか?」


「はい。それがなにか?」

「いえ別に」


兄はその夜、弟が閉じ込められている扉の前に立っていた。

もう扉を守る父親も死んでいる。止める人はだれもいない。


ギギギ、と思い扉を開く。


「やあ兄さん」


監禁部屋には成長した弟が暮らしていた。


部屋には最新機器が並べられ、兄では手の届かない豪華な料理が並べられている。

兄がこれまで欲しくても欲しくても手に入らなかったものがいくらでもあった。


兄が気がかりだったのは、弟の反応だった。


「お前……どうして俺が兄だとわかったんだ。

 閉じ込められるときからだいぶ時間たっているんだぞ」


「この部屋にはなんでもあるんだよ。

 一歩も外へ出なくても兄さんの顔も、今の状況も調べればすぐわかる。

 それに脳内マイクロチップでここへ近づくのも知っていたよ」


「そんな……」


「扉をあけてくれてありがとう。

 なに不自由ない生活をしていたけど、僕にはどうしても自由がなかった。

 でもこれで僕に足りない唯一のものは手に入ったよ」


「おい、そんなことより親父が……!」


「ああ、アイツ?」


弟はあっさりとしていた。


「アレを殺したのは僕だよ。ネットにつながれば指示だってできる。

 自分をいつわって父親を自然死に見せかけて殺すことだって、ね」


「どうしてそんなことを。お前は父親から不自由ない生活を保証されていただろう!?」


「外から隔離されるという不自由だけが嫌だったんだよ。

 そして、父親を死なせれば兄さんがここへ来ることもわかってた」


「どうして!」


「父さんの遺産を分けてもらいに来たんだろう?」


弟は嘲り笑った。


「ミュージシャンに憧れて資金もないのに都会に出て、

 路上パフォーマンスとバイトの極貧生活。

 自由を得て、夢を追いかけたのに今じゃ夢すら失ったただのホームレス。

 そんなやつの考えることなんて、この部屋にいてもわかるんだよ」


「いいや……お前は何もわかっていない。俺がこの扉を開けたわけを」


「僕としては別にお金に困っているわけでもないし、

 金につられて扉を開けてくれた兄さんに謝礼を払うことも構わないさ」


「それよりも教えてくれ。その部屋は中を人から見られることはないんだな?」


「……?」


「答えろ!」


「ああ当然。完全な密室で外部からけして中の様子を知ることはできない」


兄の予想外な質問に弟は不思議そうな顔をしていた。



「その密室にいるとき、誰からも自分の考えていることを読まれたりしないよな」


「……あ、ああ」



「自分の情報が勝手に外に出たりすることもないんだな」


「当たり前だろ。ここは完全に隔離されているんだ」



「この部屋で何をしていても、誰からも文句言われたりすることはないんだな!

 思う存分、自分の好きなようにしていても、誰かに見られることはないんだな!」


「さっきから何なんだよ! 何が言いたいんだ!」



「答えろ! 何を買っても批判されないし!

 何を言っても不謹慎だと怒られることもないし!

 自分の好きなように考えて行動しても文句言われないんだな!!」


「だから!! そんなの当たり前だって言ってるだろ!!」



兄は最後の確認を取ると、迷わず部屋に飛び込んだ。

内側から鍵を締めて完全な密室にすると兄は大喜びした。



「こんな自由な生活がずっと欲しかったんだーー!」

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