オタサーの姫が本物の姫になっちゃったので全世界の人間をオタクにしちゃいます!
松竹梅竹松
第1章 第1話 オタサーの姫の日常
「ひ、姫ちゃん、これ、前に話したゲームなんだけど、よかったら!」
「わぁ、うれしいっ。覚えててくれてたんだねっ、ありがとうっ」
人生なんてヌルゲーだ。
「姫さん! この小説あのアニメの原作なんだけどすごいおもしろいから読んでみて!」
「え、いいの? ありがとねっ」
事実は小説よりも寄なりと言うが、まったくそんなことない。全てが創作なんかよりもよっぽど都合よく回っている。
「姫、今日出た宿題の答えを用意しておいたよ」
「うそ、たすかるよっ。今度なにかお礼しなくちゃねっ」
もちろん全ての人がそれに当てはまるわけではない。ただわたしが特別なだけ。わたしだけが何不自由ない人生を送れる。なぜなら、
「「「姫、今日も一段とかわいいですね!」」」
わたしが世界でいっっっっちばん、かわいいからだ。
「もう、みんなったらほんとうにお世辞がうまいんだからっ」
いつものようにわたしを褒め称える男たちにわたしは天使顔負けの笑顔で心にもない発言をした。
本音を言えばそんな今に始まったことじゃない当たり前のことを言われたって何もうれしくない。歌手に向かって歌が上手いと言っているようなものだ。
だからといって思っていることをそのまま口にするつもりはない。
なぜなら自信に満ち溢れた発言はかわいくないからだ。
男は謙虚で潔白な女性を好む。女の多くはそんな周知の事実を知っていながら実践することを嫌う。媚びたくないだとかあざといだとかそんなちんけなプライドで楽に生きる術を自ら捨てている。
わたしはあんな馬鹿共とは違う。
男に媚び、あざとく生きる。それがわたしの信条だ。
でもそれだけでは人生の勝ち組にはなれない。可憐な華が育つには豊かな土壌が必要だ。栄養がたっぷり詰まっている糞尿にまみれた土壌が。
つまり必要なものは顔とトーク力だけが取り柄の中身のないイケメンではない。
醜く汚くも、経験の乏しさから女性にとことん尽くしてくれる、授業中真面目に勉強だけをしているようなつまらない男。つまり、
「姫ちゃん、このゲーム、すごいおもしろいから……」
「姫さん! これアニメの設定集なんだけど……」
「姫、アイドルのコンサートのチケットが余っている……」
オタク。
オタクという人種こそが女性にとって最強の寄生先だ。
オタクは好きになったら一途に尽くしてくれるし、がっついてもいない。それなのに暴力も振るえないし、反論だって嫌われるのが怖くてできやしない。
つまりオタクにとって都合のいい女になることこそが最も楽に、最も効率よく勝ち組になる道である。
「ほんとにみんなありがとうっ、今度みんなでたのしもうねっ」
そしてわたし、
アイドル顔負けの可憐さを持ちながらも、綺麗な花にありがちな近寄りがたい刺々しさを感じさせない幼い顔立ち。楽器のように華やかで聞いている人の耳を融かしてしまうような美声。思わず守りたくなるような小柄な身長。それでいて女の子ではなく女性だということを確かに示す大きな胸。わたしはオタクの理想の偶像の要素を全て兼ね備えていた。
オタクを虜にする天賦の才能。これだけでも十分だが、わたしはそこから努力を怠らなかった。
アニメ、漫画、ラノベ、アイドル、特撮、ゲーム、その他オタクが好きそうなもの諸々。全てを網羅し、コミュ力の低いオタクとの会話を盛り上げた。オタク好みのあざとさを演出するために黒い地毛をさらに黒く染め、ほとんど実在しないツインテールを作り続けた。メイクはばれない程度に留め、私服はロリータ調のものだけを用意した。誰かを特別視すると他が嫉妬して勝手に喧嘩を始めてしまうので全員に平等に接した。オタクの繊細な心を刺激しないよう努め、都合のいい性格を演じ続けた。年頃の女子としてやりたいことを全て捨て、オタクに好かれるためだけにわたしを創りあげていった。
辛く、長く、これからも続いていく険しい道。でもそれをコツコツ積み上げていった結果。
「姫ちゃん、イチゴミルクです」
「姫さん! 肩揉みますか!」
「姫、毛布をどうぞ」
齢十五にしてわたしは何不自由ない生活を送ることができるようになっていた。
宿題はやってくれるし、身の回りのお世話はしてくれるし、ほしいものがあったら買ってもらえる。
この名取高校アニメ研究部に所属しているわたし以外の部員十人全員がわたしに尽くしてくれる。
高校での目標はこの学校のオタク全員をアニ研に入れてより大きな団体にすること。そうすればさらに大勢がわたしのために動いてくれる。
高校を卒業したらオタサーが活発な大学に入り、最強のオタサーの姫になってやる。そうすれば貢いでくれる愛はより大きくなり、今までよりも色々なことができるようになる。
そして大学を卒業すれば仕事に就くことなく大金持ちのお嫁さんになる。そうすれば悠々自適に好きなことだけやって最高に幸せな人生な送ることができる。
これこそがわたしの人類誰もが羨む人生設計。そしてほぼ確実に達成することができる未来予想図。
はぁーあ、ほんっと。
人生って、チョロ。
「姫ちゃん、どうぞ」
今日もいつものように部室のふかふかのソファーの上でマッサージをしてもらいながら買ってもらった漫画を読んでいると、部員の一人がパックのイチゴミルクを差し出してきた。ここで普通に受け取るのは三流。わたしのあざとさは常軌を逸している。
「あーん」
わざとらしくそう声に出すと、口を小さく開く。言葉にも出さず飲ませろだなんて普通の人からすればなんて屈辱だと思うだろうが、女性と関わりのないこいつらからすればご褒美に他ならない。現に彼はわかりやすすぎるほどに慌て、手を震わせながらストローをパックに挿し込んだ。飲み口に指が当たっていたのが気になるけど、そんな細かいことでぐちぐち言うなんてかわいくないことはしない。わたしは差し出されたストローにゆっくり口をつけるとちゅーっと音を立てて中の飲み物を吸い上げた。瞬間、
「ごぼぉっ!?」
口の中が、爆ぜた。
「ぁ……あ……?」
突然口内を襲った激しい痛みにわたしの身体が跳ね上がる。
「なに……がぁっ!」
何が起きたか、わたしの身体はどうなっているのか訊ねようとすると、それを阻害するかのように極太の針で刺されたような痛みが口の中を襲う。
「がぁっ、ぁあっ、ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
口を通り抜け喉へと達した液体が痛みをそのままに身体の中へ侵入してくる。今まで口の中だけだった痛みがお腹まで達したことでわたしの身体は数度激しく跳ね上がり、床へとうつ伏せに倒れた。
「ごぼっ……がぁあ……?」
倒れた衝撃で口から少量のイチゴミルクが漏れる。いや……イチゴミルクにしては赤く、黒すぎる。これは……、
「血……?」
間違いない。わたしは今、吐血したんだ。
なんで? イチゴミルクの中に劇薬が入っていた……? こいつらがわたしを殺そうとした……?
「ふざ……けるな……!」
その考えに至った途端、身体から痛みが引いていった。いや、正確には痛みを超える怒りがわたしの身体を突き動かしたのだ。
「なに……してくれてんのよクソオタクがぁっ! 誰を殺そうと……この! 世界一の美少女を! 調子乗んなよキモオタ風情がぁっ!」
もう自分が何を言っているのかもわからない。それなのになぜかわたしは自分を外から見ているかのような錯覚に陥っていた。
血を吐きながらよろよろと立ち上がっていくわたし。その姿にかわいらしいオタサーの姫の影はない。命の危機に瀕して怒りのままに動くただ一人の醜い人間がそこにはいた。
普段心の中に閉まっていた感情が、怒りと殺意を含んでより口汚く吐き出されていく。オタクの理想のヒロインを演じる余裕なんてない。考えるより先に口が勝手に動き、暴言は実行に移ろうとしている。
「殺す……こんなところで死んでたまるか……! お前ら全員ぶっ殺して……! 死んでも生き残ってやる……!」
拳が強く握りしめられ、そこかも血が溢れる。倒れた際に頭を打ったのか、額から流れる赤い液体は顎まで垂れ、まるで赤黒い涙のようだ。
「ぁあ……死ね……! 殺す……殺す……!」
決死の思いで立ち上がったわたしは逃げ出すためか、はたまた言葉の通り動くためか顔をゆっくりと上げる。
その殺意に満ちた瞳に映ったのは、突然のわたしの豹変に恐怖する部員の姿でも、追撃を仕掛けるために構えているオタクの姿でもなかった。
「――天使」
地に足をつけてわたしを見下ろしている女性の姿がそこにはあった。
誰なのか。いつからいたのか。どこから入ってきたのか。そんな当然の疑問が湧き出るより早く、口が勝手にそう動く。
昔の人が描いた絵画のように美しい顔立ち。マネキン人形をそのまま持ってきたかのような理想的なプロポーション。そして人間ができるとは思えないほどに冷たい目付き。
漆黒のドレスを纏い黄金色の髪をなびかせ、わたしを侮蔑に満ちた視線で見下すその女は悪魔のようとしか言いようがないが、なぜだかわたしは彼女を天使だと思ってしまった。
「誰だか知らないけど……」
わたしの身体は彼女の姿を見て時間にして数秒、体感にして数時間固まり、ようやく動き出す。
「お前も、殺すっ!」
血が流れる拳を引き、人間を超越していると思われる存在を殺そうと駆け出した。
そう自分で理解した瞬間、わたしの身体は大きくのけぞった。今度こそ完全に動く力もなくなり、背中から床に落ちていく。
わたしが床へと倒れるまでの間に見えたのは、身体のいたるところから血が細かく噴き出ているところ。そして、奥に立つ部員が持っていたイチゴミルクのパックが爆ぜ、中の液体がわたしの身体を貫いているところ。
死を間近に感じ、ようやくわたしは全てを悟った。
わたしはイチゴミルクに刺されて死ぬんだ。
わたしはこの謎の存在に殺されるんだ。
わたしを殺そうとしたのはみんなじゃなかったんだ。
「ごめ……んね……」
とにかくこれだけは言っておこう。やっと身体が思い通りに動いたかと思ったら、ついに床に倒れて動けなくなった。それと同時に意識が薄れ、視界が霞んでいく。
あ、そうそう。わからないことがまだ残っていた。
わたしを殺したこの女は何者なのか。
わたしの全身を覆うこの赤い液体は血なのかイチゴミルクなのか。
そして。
死んでいくわたしの顔はかわいらしい表情をできているのか。
疑問に誰も答えてくれないまま、意識は完全に途絶える。
最高の人生を送れる才能を持っていたわたしの人生は、こうしてあっさりと醜く終わりを迎えた。
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