執着
葉月
第1話 幸せ
線路沿いの道を彼女と2人、歩く。
今日の彼女はとても機嫌がいい。
第一希望の企業から内定がもらえたからだ。
お互いの勤務先が近いことから、卒業したら一緒に住もうか。いっそ籍を入れようか。などと幸せそうに話している。
「ふふ、幸せ。今が人生のピークかもしれないなぁ」
輝くばかりの笑顔で彼女は言う。
遮断機が降り始めたので、恥ずかしいけれど、掻き消されないように俺は声を張って話す。
「俺も今、すげー幸せだよ」
「へへー、ありがとう!」
もうすぐで付き合って3年になるこの彼女は、感情がすぐ表情にあらわれてとてもかわいい。彼女は本当に本当に嬉しそうに笑って、遮断機をくぐって、轟音を立てて通過する貨物列車に轢かれて死んだ。
目覚ましの音が鳴る。
「前回はちょっと早過ぎたかもなぁ。」
彼女は呟く。
「3年記念日の日でもよかったかも。絶対楽しかったし。いいタイミングて電車来たから、つい…仕方ないか。」
初めて死んだのは5歳の時。私は男の子だった。生まれて初めて海に連れて行ってもらい、海そのものの広大さに、大自然の神秘性に感動して、気付いてしまったのだ。『この時を超える瞬間は私の人生にはもうない』と。
ならば、私の人生を今ここで終わらせてしまえば、私の人生は最高の瞬間で終わる。泳いだ経験のない5歳児は海に飛び込み、溺れ死んだ。
次に生まれた時、私には姉がいた。前の人生での記憶のあった私は、一度見た海にはもう、あれほど感動できないとわかっていた。
姉にすばらしく感動するものは何か聞くと、「テーマパーク」だと答えた。両親と姉に連れられ行ったテーマパークでは、人生最後の瞬間にふさわしい、幸せな時間を過ごせた。
テーマパーク内は警備が厳しかったので、当日死ぬことはやめて翌日に首を吊って死んだ。
『これ以上の感動はこの人生では今後得られないだろう』と確信したら、すぐ死んだ。
頭が悪く生まれた際ものすごく勉強をして100点を取ったら、片思いの相手と思いが通じあったら、部活で好成績を残せたら、死んだ。
それぞれの人生で経験が蓄積され、幼少時得られる感動も心揺さぶるような出来事もたかが知れてきたため、さいきんは長めに生きるのがブームだ。
今回が最長で22年間か。
あれだけ苦労したなかでやっとゲットした内定は、本当に嬉しかったし、やっぱり一緒に喜んでくれる恋人がいるのはいいな。
次の人生でも、恋人つくる年齢くらいまでは少なくとも生きよう。
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