第15話 嵐の勇者《アドヴァサリー》(2)
『緊急事態。友軍の援護を要請。エールザイレンのスペック、想定値オーバー』
「友軍……ダメ、出来ない」
アルス・マグナで稼働できる機動甲冑は二つ。
サイフィリオンのほかはエールセルジーのみ。
王都で大規模修理真っ最中の僚機を動かせるわけがない。
「ここで私が踏ん張らないと……自動修復は!?」
『問題なし。損傷軽微』
「多分、相手も戸惑ってる……? サイフィリオン、出力の上昇を」
『了解。状況、特例事項確認、対機動甲冑戦闘。ニュートロン・エンジン、ハーフドライブ。魔力増幅炉、稼働レベルフォーまでの開放を承認』
全身を巡る鼓動が耳に届くほどの音を立てている。巨象と対峙した前回とは打って変わり、サイフィリオンが力を込めていると実感した。
二度、三度と切り結んだ刃は
こちらの視界を切るようにして
「セット――ゲット・レディ――」
早口で唱えた術を受け、大地から抉り取られた土塊たちが宙を浮き、人間大の石槍へと変ずる。それも一つ二つではない。
都合、六丁の弾丸がサイフィリオンの周囲に浮かぶ。
「ワールウィンド……」
続けざまに魔術を励起させていく。
紫銀の装甲が旋風を
大地を疾走する黒い幻影を捉えきった
「行ってッ!」
即席の石槍はオクタウィアの叫ぶような一言で一斉に飛び立つ。
物理法則の壁を破った魔術による空中制動で、相対した鉄巨人の移動先、眼前、頭上、そして背後へと時間差で襲いかかる。
急造された巨大な岩の牙が着弾し、巻き上げられた大地と砕かれた石塊の岩埃。その中に少女は刃を突き立てる。
が――手応えはない。
『エールザイレン、ロスト』
「上だッ!」
突き立てた剣をそのまま機体真上に切り上げるも、それは空を斬る。
剣戟の弧を切って見上げる頭上。
陽光を背にした影に目を眩ませるも、そのまま跳躍し、立て続けに斬撃を仕掛ける。
空中で切り結んだ刃から火花が飛ぶ。
互いの間合いから僅かに距離を開けた位置に着地した漆黒の機動甲冑、エールザイレン。
石槍を放ってからこの間、わずか二秒。
放った一連の攻撃は一切届いていない。
オクタウィア自身の立てた戦術、そして予測と直感。それらは恐ろしいほどの精度で的中していた。それは機動甲冑によってもたらされたモノか、あるいは彼女自身の資質だろうか。
しかし、その
強い。
そして、
想定の上を行かれている。お披露目で戦った巨象など比べるまでもない。
武者震いが走る。これまでに対峙したことのない脅威を前に手が震えている。
場合によってはシャルルの操るエールセルジーよりも眼前に立つ漆黒の機動甲冑は強いのではないか。
「でもッ!」
一瞬脳裏にもたれかかった
相手がどれだけ強かろうと、勝てないとは限らない。
周辺の水分子に魔術による干渉を始める。
『ハーモニクス・アジャスター、スパイナル・コード、ダイレクト・コントロール』
いくつもの疑問や謎が水泡のように湧いて浮かぶが、波も立てず思考の中に消えてゆく。
オクタウィアにとってそれは極めて不思議な感覚であった。そうした無数の思考や疑念、その結果生じる紙一重の迷い、それが戦場では命取りになるんだと剣術師範のカロルス・アントニウスには幾度も聞かされてきた。良くない癖だから辞めるように繰り返し厳命されてきた。
しかし、未熟者の自覚があればこそ、そんなモノを簡単に捨てられるなんて思いもよらなかった。
『ブレイン・タァーツ・ノイズ、カット・スルー』
だが、現に目前の敵にだけ思考の全てが向けられていることは確かな事実であり、自らの一挙手一投足が確実に成すべきを成すために行われていることに得体の知れぬ高揚感すらオクタウィアは抱く。
「出来る。今なら……サイフィリオン、力を貸して」
『了解。魔力増幅炉、稼働レベルフォー。エネルギーバイパス開放』
大地から吸い上げた魔力が機動甲冑より少女の身体に宿る。
今ならば出来る――その確信を抱くに充分な魔力の胎動を以って脳裏に描いた物を形とする。
「セット――ゲット・レディ――ゲートオープン」
自動操縦でサイフィリオン自身が敵の斬撃の数々をいなす中、これまで禁じられていた術式を口にするオクタウィア。
なぜ禁じられていたのか。
なぜ扱わなかったのか。
それは、彼女自身の出自にもある。
「我が祖に風と土。相対す二門の扉よ、開かれん」
古来より火と水、聖と魔、そして風と土は相克の関係にあって、相合わせることにより極めて特異な事象を引き起こしてきた。故に法で禁した。権力で封じた。
されど……もし、相対する物を手の内に出来るのであれば、それはすなわち莫大な力を得るに足る。
『警告。急激な血圧の上昇を検知』
「フリージング……フォーミュラ……くっ」
操縦桿を握りしめた右手の甲に痛みが走り手袋が鮮やかな朱に染まる。
幼少の頃に自身の魔術回路に施された封印が焼き切れたとわかった。故にここから先は生まれて初めて行使する魔術だ。
こんな出血はこれまでも茶飯事だったと自らに言い聞かせ、理論の上で知っていた術式の起動を優先する。痛みは覚えても不思議と不安は覚えなかった。
目の前の敵を倒す。その為の術式を組み上げてゆく。
『パイロット・ヒール、正常に稼働』
思い出せ。湊町を襲った竜の操ったあの形を。
あの時の人々の恐怖を
少女は自らを鼓舞し呪印を虚空に描き切った。
「――――術式、結実! 禁術フリーズ・ランサー!」
『――フリーズ・ランサー、確認』
オクタウィアの血に宿る魔術属性である『氷』。しかし、生来よりその術式を扱うことは家訓として戒められていた。
なぜならば――
『装弾数九六発。
あまりにも強力過ぎるからである。
サイフィリオンの周辺に浮かぶ氷槍の数は先の石槍の比ではない。その大きさ、そして切っ先の鋭さは明らかに使い慣れた石槍の術を超える殺意を秘める。
なによりその材料は無限。大気中の水蒸気、水分子を寄せ集めた氷の突撃槍が陽光にギラつく。
視界に捉えた機動甲冑の様子は先程の石槍の時とは明らかに変わったのがオクタウィアにもわかる。
「術式の維持はこっちでするから、射出の操作はお願い」
『了解。アイ・ハブ・コントロール』
答えるが早いか、駆けるが早いか。
無数の氷牙が目前で屹立する鉄巨人を襲う。
蝶のようにと言うにはあまりにも疾く、蜂のようにと言うにはあまりにも強大な飛翔。
急制動と急加速、埒外の軌道を描き飛翔する無数の氷塊の向かう先は唯一つ。放った全て、
巻き起こる粉塵と水蒸気の煙。
白く濁った靄が立ち込める中、オクタウィアが肩で息をしながら叩きつけた氷槍の数は二百発にも及んだ。
やりすぎである、そんなことは彼女自身よくわかっていた。
ヤケを起こしたわけでもない。そうする必然があったから行ったに過ぎない。
氷槍の爆撃により周囲には薄靄が立ち込めていた。
「…………どうして?」
ただの一撃たりとも漆黒の機動甲冑の装甲に届いていない。
『推定事象――エールザイレン・パイロットによる魔術の行使』
背筋にじんわりとした脂汗が浮かぶのを感じた。
「でも……だって、禁呪なのにっ!? ……まさか、あの機動甲冑の魔術属性って」
そこまで口にして思い当たった。
あのエールセルジーが
魔術属性の相性が幸いして、機体の氷結に至らずに済んだことを――。
『エールザイレン、スペック――オリジン・タイプ、火、風』
「嵐の機動甲冑……!」
立ち込める異様なまでの白い靄は水蒸気爆発によるモノ。
自らの放った魔術だけでは起こり得ぬ状況だとようやく理解し始めた。
クラウディア家の歴代当主はルナティア国内でも極めて稀有な風と土の相克関係にある魔術属性「氷」の持ち主である。現在の当主である第二軍務卿ユスティティアはもちろん、後継者たるオクタウィアもまたその一人であると言えよう。
それ故に剣に限らず魔術の道での大成すら約束されていた。だが、彼女らにとって致命的なまでの相性の悪さを持つ属性が存在する。それが「火」だ。
『警告――魔力残量残り一五パーセント。作戦行動時間三〇分』
「魔力が残り二割切ってる!? そんなはずが……ッ!?」
肝心なことを忘れていた。
機動甲冑は莫大な魔力を消費する。
当然、これを運用していた古代帝国では国土の至る所に龍脈に沿った街道を敷き、街道網に魔力を行き渡らせることでほぼ無尽蔵の魔力を得る仕組みを構築していたという。これが
幾重にも龍脈の交差する王都やバルティカ街道が通る郡都カルディツァでは魔力が枯渇することはなかった。街道を外れた
だがここは街道を外れた辺境の荒野だ。効率的に魔力を得る仕組みが無い。しかも小麦畑の上を滑走したとき、サイフィリオンはかなりの魔力を消耗している。
「こんなことなら……格好つけて無駄遣いなんてするんじゃなかった……」
胃が締め付けられる。
剣での衝突は弄ばれるかのように有効打がなく、禁を破ってまで使った切り札とも言える魔術も通らない。残った魔力も心許ない。
どうすればいい。
そう考える間は一瞬で奪われる。
音も無く視界から消えた漆黒の機影。
驚きを口にするのと同時に凄まじい衝撃と共に自らの操る機動甲冑が
二撃、三撃と振るわれる刃に対し、少女を守る鋼の騎兵自身の手で振るわれる刃。
生身の戦いであったら間違いなく最初の一撃で命を奪われていたと分かり、歯噛みする。
「ありがとう、サイフィリオン」
『警告――当該地域より離脱を最優先提唱』
「それは……どうして?」
『現在、当機及び貴官の持ちうる有効攻勢手段皆無。友軍よりの援護不可能。貴官の生命維持を優先事項とした場合の最善戦術は撤退』
サイフィリオンは至って冷静だった。
淡々と事実を直視し戦術を提示する。
どうすればよいか答えが見つからないでいる未熟な操り手に撤退を意見具申する。至ってまともな判断を下していた。
そんな判断をオクタウィアは蹴った。
「ダメ。それはできない。師範のエールセルジーはまだ動かせない」
『――――』
突きつけられた無理難題。
もはや彼女自身には勝ち筋が見えない。
だがたった一つの使命が彼女に後退を許さなかった。
「ルナティアの機動甲冑操者、資格者は今は私だけなんだ」
『――――』
勝算は皆無だった。
まともな判断とは到底言えない。
サイフィリオンは沈黙したまま答えなかった。
「サイフィリオン?」
『全機能限定解除。パイロットセーフティ、リミット再設定。魔力増幅炉、稼働レベルフォーに移行。以後、稼働限界まで固定。ハーモニクス・アジャスター感度、係数調整』
瞬間、少女の身体と機動甲冑、その間で続ける魔力の流れの質が明確に変わったとオクタウィアは認識した。
「一体、なにを……」
機動甲冑の各所から聞こえる機械の音が見違えるほど変わっていった。空気を切る歯車の音の数々が耳の可聴域を超える。それだけではない。血の巡りさえも加速し、五体が熱を帯びてゆく。
「身体が、熱い……っ」
『該当目標の撃破ないし機能停止を最優先事項へと再設定――』
「それって……」
『当機は貴官の意思決定を尊重』
「…………ッ! サイフィリオン、全力であの敵を倒しますッ!」
『はい』
一度ならず二度も撤退を進言したサイフィリオンが下した答え。
驚きは程なく共に戦う信頼へと変わり、色違いの瞳に気力が蘇ってゆく。
顔を紅潮させたオクタウィアは深く息を吸い込んだ。唇をぎゅっと結んでこぶしを握り締めると対峙する強敵を睨みつけた。
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