第四章:剣を持つ資格

第一幕:灯された種火

第1話 伝承のみなしご(1)

 郡伯カロルス・アントニウス。伯爵令嬢オクタウィア・クラウディア。

 ルナティア王国に現存する二人の『資格者』ソードホルダーが小さな部屋に招かれた。その部屋の主人は、水色に透き通る髪が印象的な少女。カリス・ラグランシアである。


「おいで、ネーヴェ」


 二人を先に部屋に入れた少女が名を口にする。

 どこからともなく見覚えのある白虎が顕現し、どっこらしょと床に座り込む。部屋の外側で居眠りをするという様子ではない。

 少女は白虎を外に締め出したまま戸に鍵をかけた。それだけでない。魔術か何かの呪文を口にして、ようやくふぅっとため息をついた有り様だ。


「お待たせいたしました。お二方」

「や、そんなに待っちゃいねぇよ。水でも一口飲んできたらどうだ。汗かいてんぞ」

「……いえ、どうぞおかまいなく」


 少女は額に垂れてきた汗を布切れで拭って、机の前にある椅子に二人を座らせた。もう一つ予備の椅子を持ってきてオクタウィアの隣に置き、そこへ腰かける。


「さて、お二方。ここへご足労いただいた理由はなんとなくおわかりと存じますが」

「人払いが必要な話ってことだよな。それにしちゃ厳重過ぎねぇか」

「……それくらい重要な話だとおっしゃるんですね、カリスさんは」

「さすがはオクタウィア様。話が早いですね」


 この国の魔術師である二人。その間では理解しやすい何かがあるのだろう。

 そこから仲間外れにされている郡伯カロルス。すなわちシャルル・アントワーヌは腕組みしてカリスを睨んだ。


「で、言うことがあるんだろ。もったいぶらずに言えよ」

「それでは……」


 ひとつ深呼吸した少女が口を開く。


「まず、最初に。本来であれば、この場にアルス・マグナ総裁であらせられる、ベアトリクス王太子殿下にもご同席を賜る必要がある。それほどの状況だと心得ていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい。そうであれば、この異常なくらい厳重な態勢も納得がいきますから」


 一瞬言葉を失ったシャルルを尻目に、オクタウィアが偽らざる心情を口にした。

 シャルルはヘレナとクロエの姉妹から『人払いの魔術』というものを聞いている。大事な話を部屋の外に漏らさないようにする魔術だ。上級使用人には必須技能の一つとされている。その効果は抜群だ。おかげで夜ごとに繰り返すヘレナとのまぐわいがまったく外へ漏れ聞こえずに済んでいるのだから。


(カリスも恐らくそれを使ったんだろうが。それだけじゃ不足だって話かよ)

「騎士殿もよろしいですね」

「ああ。しっかし、使いの猛獣を部屋の外に置いとくなんて余程じゃねぇか。まさか王太子殿下でさえ役不足なくらいの話。ってこたぁねぇよな」

「察しがよいですね。騎士殿にしては」

「……は?」

「ええ、おっしゃる通り。これは女王陛下の御前でお話ししなければならない、そんなお話です」

「まじかぁ。冗談のつもりだったんだけどな」


 気まずそうに頭をかく彼の横顔。

 それを凝視しているオクタウィアの表情は硬い。


「なぜならば王国の『資格者』でおられるカロルス・アントニウス卿、そしてオクタウィア・クラウディア様が唯一仕える御方は女王陛下ただ御一人でいらっしゃる――そういう取り決めになっているからです。王太子殿下は女王陛下の権限の一部を代行なさっているに過ぎませんので」

「そういうのってなんつーか『建前』っていうか、形式的なモンなんじゃねぇのか」

「師範……いえ、カロルス・アントニウス卿。それを言うならば私たち『資格者』は本来女王陛下にお仕えする必要すらない――そういう話になってしまうのです」


 絶句する。

 貴族の子女であるオクタウィアの口からそんな言葉が飛び出してきたのだから。


「話がわっかんなくなってきたぞ……結局さ、何が言いたいんだ二人とも」

「では先に。私から結論を申し上げましょう。『資格者』とは本来、バルティカの盟主。すなわち皇帝であらせられた、ルキウス・アルトリウス・バルティカヌス陛下。その他のありとあらゆる束縛を一方的に拒絶する権限が与えられているのです」

「だからそいつは千年前の人間だろ。あくまで国がハクをつけるための儀礼的つーか、名目上の話なんじゃねぇのか」

「違うんです。そうじゃない。そうじゃないんですよ」


 戸惑いを隠さずオクタウィアが割り込んできた。その顔は真剣そのものだった。


「ルナティア王国は古代帝国の継承者である。これが王国のおおやけの立場です。王国の律法書では歴代女王も古代帝国皇帝の権限を引き継ぎ、代行しているに過ぎない――そのように定められています」

「オクタウィア様がおっしゃった通りです、アントニウス卿。いいえ、今はもうそうお呼びするべきではないのかもしれません」


 椅子から立ったカリスは帽子を脱いでひざまずき、こう言った。


「ルキウス・アルトリウス・バルティカヌス陛下ただ一人の遺児――カロルス殿下」

「……!?」

「いえ、皇帝陛下亡き今において、あなた様こそ陛下とお呼びするべきでしょうか」

「はい、カリスさんのおっしゃる通りですね……皇帝陛下」


 居住まいを正して最敬礼をした二人の少女の眼差しにはふざけている雰囲気は一切ない。彼は慌てた。


「ちょっと待て、待ってくれ……頭の中が整理できてねぇんだ。少し時間をくれ」

「わかりました。それは私も同じです。何か飲み物を用意してきますので、しばらくお待ちいただけますか」

「……頼む」


 席を立ったカリスを見送ったシャルルは時間を追って事実を整理していく。

 カリスに指示されたオクタウィアからの最後の問いにエールセルジーは二つの名前を回答した。その一つ、古代帝国の王の名はシャルルも幾度目にしている。図書館で借りた歴史書に始まり、文化や習俗に関する書籍、博物館の展示物の多くで見かけたその名前はもはやこの王国において伝説そのものとなっていた。

 そんな偉人の名前に添えられる形で、彼の父親の名前が告げられたのだ。たしかに征服王アルテュールは当代きっての騎士であり、王者であった。だが、未だ歴史の篩にかけられてはいない父親の業績が、まるでアーサー王やシャルルマーニュのようにこの国で語られるほどの伝説的な偉業であるか問われれば、父を尊敬してきた彼にも即答はできなかった。


「アルテュール・ド・ブルゴーニュ……なんでその名前を、あいつが……」

「あまり馴染みのない音がします。陛下のお国にあるお名前でしょうか?」

「ああ。アルテュールなんてありふれた名づけだし、ブルゴーニュってのは一地方の名前だ。おんなじような名前をしたヤツならいくらでもいる」

「要するに陛下のお国の母語ではありふれた名前なのですね」

「……その『陛下』というのはやめてもらえないか。まじでわけがわかんなくなる」

「しかし……」

「まだそうと決まったわけじゃない。俺にも何が何だかさっぱりなんだ。頼むから、できる限り今まで通りに喋ってほしい」

「わかりました……師範」


 肩を落とし、ため息をつく。釈然としないオクタウィアの心情を慮る余裕もなく、シャルルは頭を抱えていた。


「大変お待たせいたしました。オクタウィア様のお口に合うかわからないんですが」


 タンポポの根を煎じたという茶を盆にのせて持ってきた手が震えていると気付く。


「……いけませんね。私の心身がまだ今の状況についてきていないようです」

「無理もありません。ほら、見てください。私もずっと鳥肌が止まらないんです」

「何を大げさな……暗い顔してないで、日が暮れちまわないうちに話そうぜ」


 場を明るくしようと軽口を叩くシャルルだが、目の前の少女二人は顔を見合わせてため息をこぼすだけ。根深い深刻さがこの場を支配している。


「今のところわかっていること、確定していることからお話ししたいと思いますが、よろしいですね」

「頼む。それとお前の話は小難しいから、そこんとこもう少し簡単にしてほしい」

「善処いたします。まず大前提となりますが、機動甲冑エールセルジーの座席部分について……他の機動甲冑の部品が使われていることが今回の調査でわかりました」

「あの椅子のところか」

「正確には座席とそれに付随する部位です。ところでお二人は卵はおわかりですか」

「ニワトリとか、ガチョウとか、ああいう鳥のでいいんだよな」

「ニワトリ……?」


 意外なところでオクタウィアが首をかしげた。


「ああ、オクタウィア様はご存知ないですか」

「……そうか、そういえば王都では見た覚えがしねぇな」

「王都近辺では見かけないかも知れません。まぁ、家禽の一種です。ここで言うのは鳥の卵なら何でも良いのですが、お二人が機動甲冑に乗り込んだ際に座る部分を黄身として、その周囲に白身、殻があり……機動甲冑の中でも大きな『部品』として成立しているとお考え下さい」

「わかりやすい譬えだな。なんとなく想像がつく」

「オクタウィア様はいかがですか」

「大丈夫です。続けてください」

「はい。機動甲冑はそれなりの設備と知識と工作機、これらがあれば各部位を簡単に取り外しが出来ることはお二人ともご存知かと思われます」


 シャルルは頷く。片腕や装甲を外されたエールセルジーや、その他の機体も部位を外されている状況をいくつも目にしていたからだ。


「座席部分も同様です。そして、これらの部位は機動甲冑同士でほぼ同じ形状をしているという事実がわかってきました」

「それはつまり、サイフィリオンとエールセルジーの部品が交換出来る、とか?」

「その理解で大丈夫です、オクタウィア様。全ての部位がとは言いませんが、かなりの部分で同じ構造や類似した形状が見られます。これはボーパレイダーなどアルス・マグナの保有する全ての機動甲冑に言えることです」


 シャルルが軽く挙手する。率直に疑問を口にした。


「純粋な疑問なんだが……それがわかると何がどうなんだ」

「そうですね……例えば大きな破損の場合は新しく部材を作る必要があるのですが、それらを他の機体を参考にして再現出来ます。構造が根本的に同じなのであれば、場合によってはそのまま移植するということも出来るでしょう」

「なるほどな、便利なもんだなぁ」

「おそらくは意図的なものと考えられます。似た構造にすることで部品の使い回しを可能としたのでしょう……しかし、エールセルジーに関してはそれが一つの問題になっているのです」

「ん、どういうことだ」

「……座席のある『卵』の部分ですが、おそらく他の機動甲冑の物とすり替えられているのですね」

「その通りです、オクタウィア様」


 首をかしげるシャルルの対面にいたオクタウィアの言葉には迷いがなかった。何か理解したように見受けられるが、彼にはさっぱりわからない。さらに問いかける。


「部品が同じ形をしているんだから、交換したって構わないんだろ。それの何が問題なんだ」

「せっかくですから、オクタウィア様に説明をおまかせいたします」

「え、私で大丈夫でしょうか」

「はい、魔術の基礎の基礎である象徴石の部分からお話しすればよろしいかと。オクタウィア様自身の魔術属性も知っていただいたほうが今後のためにもなりますし」

「基礎の基礎ですね……わかりました。よろしいですか、師範……えっと……」

「変に構えなくていい。いつも通りで頼むよ、お嬢」


 オクタウィアは頷き、説明を始めた。


「まず最初に魔術の属性について。この世界の魔術属性は『六門』と呼ばれる大きな六種の属性にわかれています」

「それは知ってる。水とか風とか、そういうやつだろ」

「では……この世界のあらゆる物はこれら六門のいずれかに属しているのです。空を飛ぶ鳥は風、獣の多くは土、魚は水の属性を持ちます」

「それじゃ、この間のドラゴンは……」

「討伐なさった氷嵐竜ですね。あれは風の属性です」


 カリスがすかさず説明を補う。話の本筋から逸脱しないための配慮だろう。


「そして、これら六門それぞれに象徴石が存在しています。火のルビー、水のサファイア、土のエメラルド、風のアメジスト、聖のトパーズ、魔のオニキス。ここまではよろしいですね」


 無言で頷くシャルル。それを受けて、オクタウィアは話を進めた。


「しかし例外が二つ存在します。それが私たち人間、そして機動甲冑です」

「例えば私は聖と魔です。オクタウィア様はたしか」

「土と風です」

「先日カリスが見せたダイヤモンドだが……」

「そうです。聖と魔の複合属性『天』の象徴石がダイヤモンドです」

「私の場合は『氷』です。象徴石はこのアゲートです」

「なるほどなぁ……」


 象徴となる石を見せる二人に感嘆するシャルルの反応に、オクタウィアがわずかに首をかしげた。カリスは目をつぶって一言つぶやく。


「……やはりそうでしたか」

「ん、何がだ」


 大きくため息を付き、そして少女らしからぬ極めて深刻な顔で一言。


「『騎士殿』。あなたは魔術が一切使えないのですね」


 刹那、場が凍り付いた。

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