どーでもいい知識 クモは脚で交尾する
警戒を
でなくとも、突然、ホラーチックな骸骨が出現したのだ。
盲目でもない限り、釘付けになるのが当然だろう。
にもかかわらず、ハエの視線は骸骨より少し上に向いている。
奇っ怪な骸骨より目を引く物体が、体育館に存在するのだろうか?
ある。
骸骨の頭上に浮かぶドローンだ。
大きさは、ちょうどマンホールくらいだろうか。
姿形は巨大なクモそのもので、漆黒の身体は不気味につやめいている。
目の位置や毒牙の構造も完璧だが、一つだけ大きな違いがある。
改めて言うまでもないが、クモの糸は尻から出る。
しかしドローンの場合は、八本の
そう、骸骨の手足を。
両腕を水平に広げ、だらっと足を伸ばした体勢は、操り人形そのものだ。
クモ型のドローンは、さしずめ人形使いの両手と言ったところか。
八本の
残る親指の役目も、二本の
他の八本より大分短いが、外見上は九本目、一〇本目の
実際、「
ただし、他の
しかも歩くために使うことはほとんどなく、もっぱらエサを解体するのに使われる。
クモの
また獲物を切り裂く際には、大顎こと
更に
これは八本の
ある意味でそれ以上に重要なのが、生殖器としての役割だ。
交尾の際、オスは精子を溜めた
そのため、メスのクモに比べて、オスの
またオスだけ先端に膨らみがあり、性別を見分ける材料になる。
ちなみにサソリの
早い話、一般的に「ハサミ」と呼ばれている部分が
「さあ、影が来るよ」
涼璃の――いや、〈サティ〉の言葉に反応し、ドローンの
途端に糸が〈サティ〉の両手を吊り上げ、正面に向けた。
両腕をまっすぐ伸ばした姿は、キョンシーに瓜二つだ。
「はぁぁぁ……!」
すると手首の腕輪が輝き出し、洗面器ほどのサイズまで広がった。
輪っか型の光は、いくつかの円と放射状のラインで出来ている。
少し眩しいが、見た目はクモの巣そのものだ。
光のラインは、〈サティ〉の全身にも配置されている。
名前は〈フリッケライン〉で、正体はエネルギーを循環させるための流動路だ。
ちなみに動力炉は延髄の
強く照らされた天井や床は、
必然的に影は濃くなり、日時計のように背を伸ばしていく。
いや、変わったのは、濃さや長さだけではない。
影の輪郭が、今まで微動だにしなかった輪郭が、小刻みに震えている。
表面は不規則に波打ち、ぞわぞわとざわめいていた。
アリの大群が一斉に足踏みしたら、似た音が鳴るだろうか。
もっとも、実際に
影は満潮を迎えたように広がり、壁や天井を塗り潰していく。
一分も
もうフルカラーの空間は、ハエの足下にしか残っていない。
ベベ……ブルルル……。
残念ながら、〈サティ〉にハエの言葉は分からない。
それ以前に、ハエが発しているのは「鳴き声」ではなく、「
ただ今だけは、ハエの言いたいことが理解出来る。
このままではヤバい! だ。
ハエは垂直になるまで尾を振り上げ、正面の〈サティ〉に叩き付ける。
瞬間、ドローンが急上昇し、〈サティ〉を後ろに運び去る。
まずドローンの残像が、次に〈サティ〉の残像が両断され、床にトゲが突き刺さる。
すぐさま黒い破片が吹きすさび、無地の空気に大量の点を打った。
真実を知らない人には、影が砕けたようにしか見えないはずだ。
「バランス感覚に自信ある?」
〈サティ〉は天井近くまで上昇し、ハエを見下ろす。
その後、小さくいきむと、ドアノブを回すように手首をひねった。
にわかに影が震えだし、地響きが柱を揺さ振る。
一瞬遅れて壁がきしむと、床や天井が大きく右に傾いた。
斜めになった床は、建物が倒れ掛かっているかのように錯覚させる。
だが傾いているのは、壁や床を覆う影に過ぎない。
体育館を外から見ても、何一つ変化はないだろう。
もっとも、中にいるものにとっては、どっちだろうと同じことだ。
事実、ハエは水平に
ヤジロベエのようにバランスを取り、転ぶまいとしているらしい。
「なかなか頑張るね……!」
〈サティ〉は手首を回すのを中断し、壁や床の動きを止める。
呼応して、ドローンが糸を操り、〈サティ〉の左手を突き出した。
突然、床が高波のように盛り上がり、ハエに突っ込む。
ドン! と衝突音が鳴ると、バレーボール大の残像が宙を舞った。
大きさと言い、勢いと言い、完全にスパイクだが、正体は言うまでもない。
ハエは何度か床をかすめ、頭から壁に突っ込む。
その瞬間、壁から影の
普通の虫なら、完全に木っ端微塵だっただろう。
しかし幸いなことに、ハエは原形を保っている。
見た目こそ風船のようだが、意外と頑丈らしい。
多少ハードに攻めても、殺す心配はなさそうだ。
凶暴なハエを無傷で捕獲するのは、難しいかも知れない。
ただ新種の可能性がある以上、出来るだけ傷付けないようにするべきだ。
とは言っても、相手は床を貫くほど力の強い生き物だ。
単純に影で動きを封じても、力任せに脱出されてしまうだろう。
捕獲するには、ある程度弱らせる必要がある。
いきなりモンスターボールを投げても、ポケモンは捕まらないのだ。
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