第1章『クモは脚で交尾する』

ロリは昆虫がお好き

 ファミレスの駐車場は、霊柩車れいきゅうしゃに占拠されていた。


 黒塗りの車体が並ぶ様子は、まるで大きな火葬場。

 店の屋根から煙突が生えていないのが、不自然なくらいだ。

 信心深しんじんぶかい人が見たら、両手はもちろん、両足の親指も隠してしまうだろう。


 だが実を言うと、目の前の車は火葬場とも、葬儀社とも関係ない。

 多くの人は怪訝に思うだろうが、正体はある組織が使っている車だ。

 役割上、死体を乗せられるようにはなっているが、内部には色々と改造が施されている。


 わざわざ霊柩車れいきゅうしゃを装っているのは、日常的な風景に溶け込むためだ。

 車を所有する〈3Z(サンズ)〉には、一応、「秘密組織」と言う肩書きが付けられている。

 出来るだけ目立たないほうがいいのは、言うまでもない。


 まあ、これだけ大集合していると、逆に目立っている気がしないでもないが。

 深夜でなければ、今頃、ツイッターを賑わせていたことだろう。


 店の入口や窓には、ベージュのロールスクリーンが掛けられている。

 隙間からは明かりが漏れているが、店内を覗くことは出来ない。


 二四時間輝いているはずの看板は、照明が落とされている。

 大きく描かれたロゴは、すっかり夜の闇に溶け込んでいた。


 入り口のドアには、臨時休業を告げる紙が貼られている。

 書き殴りの文字を見る限り、貼った人はかなり慌てていたらしい。

 そもそも普通なら、手で書いたりせずにパソコンを使うはずだ。


「カギは掛けてないって言ってたよね」


 自分自身に確認し、蘭東らんどう涼璃すずりは店に入る。

 入り口のマットを踏むと、店中に「ピンポ~ン♪」が鳴り響く。

 どうやら、客が来た時に鳴るチャイムを切り忘れていたらしい。


 作業中だった隊員たちは、手を止め、入り口に目を向ける。

 ざっと見た感じ、二〇人くらいはいるだろうか。


 何人かはピンセットを持ち、床に這いつくばっている。

 別の隊員は忙しく動き回り、店内の写真を撮りまくっていた。


 ヘルメットに原色のツナギと言う服装は、特撮番組の防衛チームそのもの。

 どう見ても悪趣味なコスプレだが、彼等は正真正銘、秘密組織〈3Zサンズ〉の隊員だ。

 腰のホルスターにした拳銃も、本物以外の何ものでもない。


「随分とゆっくりなご到着じゃないか」


 皮肉たっぷりに言い、ディゲル・クーパーはチョコパフェを口に流し込む。

 その後、おっくうそうに立ち上がり、読んでいた週刊ヤングガバジンをテーブルに置いた。


 黒いトレンチコートには、ホワイトチョコの食べカスが付いている。

 真っ赤なワンピースも、フリルの間にウェハースを挟み込んでいた。

 どっちもパフェにトッピングされていたものだろう。


 唇にはクリームが付いているが、ご自慢の容姿は損なわれていない。

 相変わらず、見た目だけはキレイだ。

 そう、心はともかくとして。


 吸血鬼のように青白い肌からは、鮮やかな血管が透けて見えている。

 いつも通り、赤茶の髪はツヤツヤで、オレンジ色の照明を反射していた。


 一重の瞳は冷たく、一七歳の割は威圧的だ。


 ピンと背筋を伸ばし、胸を張った姿は、いかつい男性より近付きにくい。

 身長は一六〇㌢ちょっとのはずだが、実際の数値よりずっと大きく感じる。


「またお得意の虫取りか。物好きなロリだな」


 呆れたように吐き捨て、ディゲルは涼璃の虫かごに指を向ける。

 たすき掛けした虫かごには、大量の昆虫が詰め込まれている。

 ガサゴソと這い回る音は、あずきをとぐ音にそっくりだ。


「しかしまあ、よくこんな夜ふけに虫なんぞ見付けられるな。いくら『化け物』でも、夜目よめがきくわけじゃないだろう?」


 にわかに顔をしかめ、ディゲルは涼璃を問い詰める。


「まさか、たかが虫取りに、〈サティ〉を使ったわけじゃないだろうな?」


「そんなわけないでしょ。白い布にライトを当てて、虫を集めたんだよ」


 涼璃はポケットの懐中電灯を出し、スイッチを入れてみせる。


「色々思い付くもんだな。オーストラリアの位置も分からんくせに」


「勉強のことは関係ないでしょ……!」


 唇が尖ると、連鎖的に頬も膨らむ。

 ただでさえ不機嫌そうと言われる顔は、より一層仏頂面ぶっちょうづらになっていることだろう。


「大体、そんなに珍しいやり方じゃないよ。テレビとかでもよくやってるし」


「あいにく、私は世間一般的なオ・ト・メでな。節足せっそく動物どうぶつの出る番組なんか、好き好んで見るものか」


 気味悪そうに吐き捨ててから、ディゲルは涼璃の頬を指す。


「その傷はどうした? また木の上から落っこちたのか?」


「え? キズ?」


「頬だよ、頬。引っ掻き傷があるだろうが」


「あ、ホントだ。枝と枝の間をくぐった時かな?」


 頬に触れてみると、線のようなかさぶたに指が乗る。

 痛みはほとんどないが、結構長くこすったようだ。


「さっさとこいつを貼って来い。見苦しいったらありゃしない」


 ディゲルはポケットから絆創膏ばんそうこうを出し、涼璃に押し付ける。


「こんなの、ほっといても平気なのに……」


 涼璃は小声でボヤきながら、鏡のあるトイレに向かう。

 何となくドアノブを握ると、背後からディゲルの叫び声が聞こえた。


「そっちは男用だ!」


「あ、また間違えちゃった」


 涼璃は回れ右し、真後ろにあった女子トイレに入る。

 すぐに消臭剤の香りが広がり、目の前の鏡に見慣れた顔が映った。

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