アイ ウィル ビカム ヒーロー!

とざきとおる

第1話 好奇心

 島国である倭の中でも、この京都の地は海外から神秘の魔境と評されている。


 理由としては数々上げられるが、大きな理由は2つと言っていい。


 まず1つ目は京都のこの地は、人間すべてが守護霊に守られていることにある。誰かに極めて過度な、本当に実行するほどの敵意や殺意を持とうものなら、その相手を守護する霊が即刻対処へと動く。体がしびれたり、意識を失ったりで済むものもあれば、命を落とすものもある。人間を軽々と呪い殺せる程度には、守護霊は強力だ。


 頭の中の想像を現実へと変える粒子によって、魔法のごとき力――通常この地域ではその存在を『呪術』と呼ぶことが多い――を誰しもが得た世界。守護霊の存在も、それをすべての人間が知覚できるのも、その万能粒子の存在があるからこそ。


 守護霊は多種多様。この地域で有名なのはやはり十二天将だろうか。京都の地を管理する華族、御門家の幹部十二名の1人の守護霊は朱雀の姿をしていて、三つだけで圧倒されそうになる覚えがある。


 そしてそんな守護霊を皆が持っているこの地でも、人間が不審死や行方不明になることが非常に多い。それが魔境と呼ばれる2つ目の理由だ。


 邪鬼≪じゃき≫、悪魔、妖魔、呼び方は様々あるがこの地には、人を襲い連れ去ったり、人を殺したりする『おそろしきもの』が現れるのだ。その姿を見たものはいない、なぜなら出会ってから生きて帰ってきた者はいないことになっている。


「月高く昇る夜、京の都は魔が歩く地獄と化す。魔を出会えば命はない」




 好奇心は時に人を殺す。この言葉は比喩ではなく、この世界では現実だ。


 13歳の少年『刈谷 壮志郎≪かりやそうしろう≫』が、夜出歩いてしまったのは1つの噂を中等前期教育学校の教室で聞いた話に好奇心を駆り立てられたからと説明すべきだろう。


 最近発生した一つの噂。


 同級生の『西 内也≪にしうちや≫』は、外出禁止になっている夜、街を走りまわっている不良だという話。


 話の発端は、京都の商店街で店を経営している男が息子と監視カメラのチェックをしているときに、それらしき男が映ったという話。その息子が、学校の中で言いふらしていたのを聞いたのだ。


 壮志郎にとって内也は数少ない友達だ。そんな彼が危険な夜の出歩きをしているとなれば少しは心配になる。


 しかしその話の真偽を内也に尋ねると、内也は必ず言うのだ。


「はははははは。そんなわけないだろ! お前、噂に踊らされる情弱タイプだな。確証無しに物事を判断するのはきけんだぞー?」


 しかし、壮志郎には確かに思い当たる節はあるのだ。決して強い証拠ではないものの、壮志郎と内也は、夜、電話で話したこともないし、メッセージのやり取りもしたことがない。夜に一緒にオンラインゲームをしたこともない。


 それらはすべて、夜、必ず彼が音信不通になるからだ。メッセージを送っても帰ってくるのは必ず朝になってから。彼に連絡を取ってそれが夜の間に返ってきたことはない。


 そういう理由もあって、内也が夜に何をしているのか気になった壮志郎は、その疑問を解くのにちょうどいい機会だと思い、真実を暴こうと外へと出た。


 壮志郎の守護霊はそこそこ強いほうであると自負していたし、実際にそうだった。


 実は守護霊は、御門家の人間が、生まれたての赤子に対し、呪術によって護衛用の創造生命のヒナを宿すことで受け取るものであり、自然につくことはない。


 対魔用の守護霊は個人が知らず知らずのうちに、己の中の万能粒子を使って育てるものであり、個人の呪術の才能よって差異が出る。壮志郎は他人に比べて呪≪まじな≫いの才能があったようで、それなりに強い守護霊がついたと説明を受けている。


 壮志郎も詳しいことは知らないものの、自分は大丈夫だろうという妙な自信は持っていた。


 それに夜耳を澄ませても人の悲鳴や嘆きは一切聞こえない。壮志郎はおよそ京都で噂になっている人の死亡、行方不明事件は、おそろしきものではなく同じ人間の仕業であると思っていた。


 そんな数々の、一言で表せば油断と言える数々は悲劇を起こすことになった。


「おい……れんた……」


 自分の守護霊の名前を呼ぶが返答はない。ずっと一緒に暮らしてきた彼と急に別れの時が来るとは思ってもみなかった。


 壮志郎はその結果、今、人生最大の危機を迎えている。


 目の前に人の形をした存在。


 危険を感じ取った壮志郎の守護霊はいち早く危険を察知して、敵と判断したその男に襲い掛かるも、その男は笑みを浮かべて守護霊を、壮志郎の理解が及ばない方法で一撃で殺して見せた。


 明らかに異質な存在。


 本当に『おそろしきもの』がいたということ。それを自覚したときにはもう遅い。


「さて、厄介な邪魔者は消した。まったく、御門の奴らは随分と面倒なことをしてくれる」


 不機嫌そうにつぶやくその男。見た目は人間と何も変わりはしない。


 しかし、


「さて、誘拐する気分じゃないが、殺すつもりも湧かない。どうしたもんかな、あのガキは」


 そのセリフはまさに、『おそろしきもの』が行う人間殺害や誘拐と同じこと。


 恐怖で足が動かない。壮志郎はただ、目の前の存在に気圧されながら死を待つしかなかった。


(こんなことで、死ぬのか……)


 すべて自分が必要のない好奇心に火をつけてしまったばっかりに起こった悲劇。自分の愚かさを今になって責めた。


(いやだ……いやだ……)


 そう頭で思っても体が動かない。そんな自分の土壇場での度胸のなさには心底呆れる。


(死にたくない)


「いいや、ここで殺そう。食えば少しは足しになるか」


 殺される。


 人生で初めて感じた死の危険。これまでは守護霊が危機の時必ず助けてくれたから知らなかったのだ。自分で自分の身を守るということがいかに難しいかということが。


 壮志郎は、自分の愚かであっさりとした人生の最期を悔やんだ。


 その時だった。


 自分のすぐ隣を一筋の光が通った。完全に不意打ちだったためか、相手は特に対処をすることなく、光はその男を貫く。


「え……?」


 誰かが助けに来てくれたのか。自分勝手な願いが思い浮かぶ。


「くそ……早すぎる」


 そしてそれが叶ったことはすぐに分かった。


「きみー? 大丈夫?」


 壮志郎の前に1人の女性が現れた。


「あなたは……」


「私? 私はヒーローだよ。あの悪い男を倒してあなたを助けるネ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る