2 現場急行

 雪は止みかけていたが、私は1時間かけて幽玄荘に到着した。高速道路のランプを超えてからこの旅館まで来る途中、コンビニもなければ、民家も一軒もなかった。前日から雪が降っていたこともあり、奥深い山の中なので、雪が結構積もっていた。村田係長の言った通り、幽玄荘は古い旅館だった。いかにも昭和初期の建物という感じがした。すでにパトカーが数台止まっていて、制服警官が旅館の玄関で警備に当たっていた。

「刑事課の香崎です」

「ご苦労様です。現場はこの旅館の裏側と、二階の一番奥にある露天風呂です」

「どうも」

 私はとりあえず旅館の中へ入り、入口の案内図を見て、大体の構造を把握した。一階には客室が10部屋、大浴場、遊技場、スタッフルームがあり、二階には客室が8部屋と、宴会場、露天風呂がある。露天風呂?と私は思った。一階に大浴場があるのにもかかわらず、なぜこの真冬にわざわざ露天風呂なのか。私は疑問に思いつつ、二階にある露天風呂へ向かった。

 中央の階段から二階へ上がり、宴会場の横の廊下の突き当りにあるドアを開けて、ちょっとした通路を行くと、露天風呂の入口があった。露天風呂、正確には男湯の脱衣所の暖簾から捜査員が出入りしているのを見て、私も男湯のほうへ入った。現場には村田係長と、同期の刑事磯田京子がいた。

「係長、香崎です」

「おう、香崎。被害者は男性二名。一人はそこで頭だけ着ぐるみをかぶって倒れてる。おそらく死因は銃で撃たれたことによる失血死。もう一人はそこの壊れた柵の向こう側の下で、全裸で倒れてる。死因はおそらく凍死だ。死亡時刻は約3時間前の午後9時ごろだと思われる」

 鑑識班が慌ただしく作業していて気づかなかったが、湯船のすぐ横で全裸の男性が熊の着ぐるみを頭にだけかぶって大量の血とともにうつぶせで倒れていた。頭以外の着ぐるみはその男性のすぐ後ろに置かれてあった。この露天風呂は、2メートルほどの高さの木の板でつくられた柵で囲われていた。柵が壊れている個所があり、私はそこから下を覗いた。およそ4メートル下で全裸の男性がうっすらと雪をかぶってあおむけで倒れていた。いくつか捜査用のライトが設置されているとはいえ、暗くてよくわからなかったが、ちょうど旅館の裏側にあたる幅10メートルほどの道のような場所だ。県警の物ではない軽トラが止められていて、そのすぐそばで害者が倒れていた。そこで先輩の高木刑事や鑑識班が雪に足を取られながら作業していた。

「第一発見者は、従業員の森田一子。すでに発見状況は聞いてある。もう夜遅いから、詳しい事情聴取は明日だ」

 係長は首をかしげていた。

「香崎、お前、どう思う?」

「といいますと?」

「んー、奇妙だよな」

 私も奇妙だと思った。露天風呂で倒れているのが、頭だけ着ぐるみをかぶった男で、露天風呂の外で倒れているのが、全裸の男ということがとても奇妙に思えた。なぜ、こんなおかしな状況になったのか。

「なぜ、着ぐるみを着てるんだ?」

「係長、推測ですが、外で倒れている害者が入浴中に、着ぐるみを着た男が現れて、本物の熊と勘違いして、慌てて逃げようとして、柵を突き破って下に落ちた……」

「それだったら、なぜ、着ぐるみの害者は銃で撃たれたんだ? 外の害者が、銃を持っていたのなら、逃げる必要はなかったんじゃねえか」

「銃で撃った後、本物の熊ではないことに気づいて、男はパニックになり、柵を突き破って下に落ちた……」

「んー、外の害者が銃を持っていたならばの話だな。だが、まだ凶器は見つかってない」

 同期の磯田京子が話に入ってきた。

「小春、逆かもよ。着ぐるみの害者が、外の害者を突き落としたとかかもよ」

 磯田京子はいかにもギャルという感じで、我が道を行くというタイプの女性だ。同期で、同じ女性ということもあり、私たちはすごく仲が良い間柄だ。

「京子、それじゃあ、誰が発砲したのよ」

「いずれにしろ、凶器もまだ見つからないんだし、それに事情聴取もまだ終わってないんだし、まだこれからよ」

「そうだな、凶器が出るまで何とも言えんな」

 係長がそう言ったらすぐに、外の被害者を調べている高木刑事が叫んだ。

「係長! ありました、銃です! 猟銃です!」

「おう、見つかったか。わかったー! 今そっちに行く!」

 係長は旅館の裏側へと向かった。

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