イカれた悪魔と狂ったワルツを

はいねけん

序章 

もう一人の主人公

足りないアイツ


 …これは本編から一年ほど前の出来事である。とある女のとある出来事…

  


 ▽▽▽▽▽▽▽


浩司こうじ、おまえの『GB750ジービー』イカちいな!」

「だろ? でもボディもスゲェけど、やっぱこいつの本領はエンジンだ。見てろよ…」

 

――BRrrrrrrrrrバルルルルルルッ!! 


 真夜中に響くバイクのエンジン音は、近くのマンション住人を何人か起こしてしまうほどの轟音ごうおんであった。


「うわぁあああ!! すッげぇえええ!!」

「だろ? おい佳代子かよこ、フツーはこういうリアクションなんだって」

「えー? 哲夫てつお君のバイクの方がカッコいいけど…」

 めんどくさそうにバイクに興味無い系女子・佳代子かよこは、浩司こうじの『単車たんしゃ』を褒めちぎる哲夫てつおの、駐輪場に停めてある『ビッグスクーター』をゆびして言った。


「おっ? じゃあ今夜は俺にまたがっちゃう?」

「ええ♡」

 加代子に嫉妬してムッとする浩司。


「おい!! お前は俺の女だろうが」

「べーっ!!」

「いいやん… 浩司君にはウチがまたがるよ♡」

 煙草を吸いながらスマホをいじる哲夫の彼女・千夏ちかが浩司を誘う。そんな彼女を冷たい目で見る哲夫…


「へっ… 浩司にせいぜい可愛がってもらえや」

「ちょ待って? 冗談やん… 何で浩司君みたいにウチのコト求めてくれんの?」

 こんなノリで今宵こよい も楽しくブギブギな奴ら。つまらない日常、刺激を探しに夜を駆ける。

 

 ☆☆☆


 浩司・哲夫のふたりはとにかくワルで、窃盗や暴行事件を繰り返し少年院を出たり入ったりする常連であった。

 男二人、女二人の四人組。いつもつるんでヤンチャをするこの子たちに、大人は目をつむるほかなかったのだ。しかしそんな中…


「おいお前たち!! こんな夜更けにエンジンかけやがって!!」

「あ…? なんだてめぇ!!」

 マンションの駐車場でたまり更けている十代のやんちゃな少年たち説教をするお爺さん。ここ一年ほど、二階に住む彼は騒音に悩まされているのだとか… 

 

 何故今日だったのかは分からない。でも何か弾けた様に、おさまりつかない心が彼に行動をうながしたのだった。


「世間を舐めたような目をしやがって!! だからガキは嫌いなんだ!!」

「あ? 抜かしてんじゃねぇよ!! おい浩司、やっちまおうぜ!?」

「おっけー!!」


「あ、こら!! な、何を… ぐあっ!!」

 えげつない哲夫のボディブローがお爺さんに炸裂。その一撃に彼は悶絶もんぜつし、地面にうずくまる。そんなお爺さんの姿を見てコケにするコギャルの二人。


「キャハハ、受ける~!!」

「写真上げよっと」

 浩司と哲夫の悪さの陰に隠れて、佳代子と千夏も万引きで何度補導されたことか… この子たちにはどうやら、『正義』や『真面目に生きること』がかっこ悪く映るようだ。


「ぅ… こんな事をしたって、何も解決は… ぐ…ぅ…!! うがっ!!」

 ぶん殴られて… 左のまぶたを腫らせながら、お爺さんは必死に子供たちに声をかけるが、その声は若さゆえに届かない。ひたすらに殴りつけながら、停めてあった黒いワゴン車に乗せようとする。


「うるせぇんだよ!!」

「んぐっ、ああ…!! やめっ…」


――がッ!! がッ!! バッ!!


 頭をドアに二、三度叩きつけてご老人を気絶させる。


「どいつもこいつもうぜぇんだよ!! お前ら年寄りが居なけりゃ、俺たちはもっと楽しくやれてんのさ!! …よし浩司、荒木川行くぞ」

「っしゃァッ!!」

 車は軽快に走り出す。刺激的なアブノーマルを求めて…



=======とある女に場面変わり=======


 家族が寝静まった真夜中… 夜道を歩きながら、とある女は見知った男と電話をする。


――「どうするんだ…? 我々と来るのか?」

「もう少し考えさせてくれよ。こっちにだって色々と…」


 名を東山玲奈とうやまれいなという… 彼女のことを少し語るとするならば、スラっとしたモデル体型で頭脳明晰ずのうめいせき文系にも理系メカにも詳しい20はたちの女。


 …電話口の通りで、彼女にはある決断が迫られている。家族と暮らす家を出て兄のもとへ行くのか、家族のもとに留まるのか… その二択で眠れない日々を送る。


――「…限界であろう? その身体は…」

「…特には」


 別に兄が妹に決断を迫っているわけじゃない。妹に原因がある。…ある『病』に苦しむ妹、そんな彼女に救いの手を差し伸べる兄の構図だ。


――「俺と付きっきりなら色々見てやれる。もうお前の苦しむ姿なんて、俺は見たくないよ」

「…でも、私には…家族が…」


 家族… 苦しむ彼女には一緒に居たい人たちがいる。血の繋がりこそないが、一つ屋根の下に五人で暮らしているのだ。

 

――「お前の肉親は俺だけだ!! 幻想にかれるな!!」

「…っ!!」

 自分よりも血の繋がりの無い者達を選ばれたからか、カッとなって大きな声を出す兄。


――「…何かお前が面倒起こした時に、お前に代わって謝るのは俺だぜ…? ごっこ遊びは結構だが、唯一の肉親を少しは助けてくれたらどうだ? 俺はお前になら全てを任せられる… そんな人間、生きて出会う中で一体何人見つけられるだろうな…」


「…」

 言葉につまる玲奈。葛藤がゆえ、簡単に言葉に出来ないでいる。


――「…しばらく声聞かないうちに、何かあったのか?」

「え…?」

――「…悲しいことでもあったのか?」

「…別に」

 大事な人からの裏切り… と言うか仲違なかたがいによって、自暴自棄になってしまいそうな彼女だった。そしてそれに感づいてくれる唯一の肉親。

 

 この兄妹きょうだい、生き別れた経験を持つ。妹が三歳までの間は共に暮らしていた。母子家庭で育ったのだが母親は事故で死に、二人とも養護施設に送られることとなる。


 兄は名家から養子としての引き取り手があったのだが、『きれいな顔のあの子がほしい、おんなは要らない』との身勝手な大人の要求により、二人は引き裂かれてしまった。兄は名家へ、妹は引き取り手が見つからず…

 

 それから十三年後、可能な限りの英才教育を受けて外交官となった兄。彼は今、故郷である和泉いずみ国を離れ、遥か北の『ディビア』という国に住んでいる。

 

 …国(ディビア)からのめいにより、外国とのパイプ役に選ばれた彼。そしてたまたま選ばれた出向先の和泉国いずみこくで、生き別れた妹を見つけ出したのだった。

 

 和泉国いずみこくに降りたってすぐのこと… 信号待ちをする玲奈に、あの日の面影を重なった。これは神様がくれたチャンスと思って、彼は思いきって声をかけたのだ。最初はなかなか理解されなかったし、玲奈も身内以外の全ての人間を警戒していたから相手にされなかったが、兄の意地が妹を突き動かした。凍って立ちふさがっていた玲奈の心の壁を、緩やかではあるが少しずつ溶かしていった。


 自分に応じてくれた玲奈のために、外交官として国賓こくひん扱いで彼女をすぐさまディビアに招待する。そんなことが容易なくらい、彼は国の重大なポストを任されていたのだった。

 

 安定した暮らし、保証された衣食住… また家族として一緒に暮らすために与えられる限りを提案したが、玲奈が兄と共にディビアで暮らすことは無かった。


隼人はやとたちが待ってる』…そう言い残して、彼女は単身、帰国したのだ。彼女の帰国後は、年に数回ほど和泉国いずみこくで会うだけで…


「…あんたは忙しい身なんだろ? 私は一人でやっていくよ」

――「…そうか。でももし辛くなったらすぐに連絡しろ。これはお前の為でもあるんだぞ?」

「分かった…」

 玲奈は電話を切った。…ひっ迫する状況に喉が渇いたようだ。何か飲み物でも買おう… と思いながら気づく。こんな話、家の中じゃ出来ないと家着姿のままケータイだけ持って外に飛び出してしまったので、財布も持っていないから飲み物も買えない。

 

「チッ…」

 はたから見れば良い女による大きな舌打ち。これは困ったとトボトボ家を目指して歩く。


 ===「んんっ゛!! う゛っ!! ん゛んーっ!!」


「…っ!!」

 …川が流れる荒木橋を通りかかった頃だ。こんな夜中に悲鳴が聞こえた。玲奈の耳の良さもあってか、彼女には鮮明に聞こえたのだ。


「おい!! 押さえ付けろ!!」

「んぐーっ!! ぐ-っ!!」

 悲鳴と言うか男のうめき声が河川敷から聞こえたものだから橋の上から玲奈が覗くと、若者たちが老人の顔面を水面に押し付けているのが見えた。


 …この辺りではホームレス虐めが頻繁に横行している。ここいらに住むブルーシートのホームレスたちを掃除と称して袋叩きにするんだとか…


「アイツら…!!」

 玲奈は橋から飛び降りて、砂利の部分に落下する… 音もなしに。


「…おい!! 弱いものイジメは楽しいかよ?」


「う!!」「えっ…?」

 背後からの声に凍り付く四人組。目線は玲奈にくぎ付けだ。


「な、何だよ!! こんな時間に」

「こっちのセリフだ。どんな身分でも人間は人間、お前らは揃って犯罪者だ」


「ハァ…ハァ…っぐ…!!」

 解放された老人は今にも死にそうだが、必死に息を続け命を繋ぎ止める。


「…へっ!! 結構よさげな姉ちゃんじゃん… すっげぇ抱きてぇ!!」

「えーっ!! 哲夫、ああいうのが趣味なの? ウチとタイプ全然違うじゃん!!」

 濃い化粧のカラコン入ったギャル・千夏はこんな状況をも楽しもうとする。


「え~? ヤバいんじゃない?」

「大丈夫だよ、前みたい・・・・にバレないようにやっから。バレたって、どーせ俺らは裁けないしな」

 佳代子は反対に、この状況にハラハラしている。そんな彼女をたしなめる彼氏の浩司。


「…ひゃっほーっ!! コンクリ付けにする前に乳首取れるくらい吸ってやるぜ!!」

「…っ!!」

 哲夫が玲奈に向かって、性欲丸出しの猿のように飛びかかってきた。その行動に玲奈は、あるトラウマがフラッシュバックする。



 ======とある日=======

 

 ディビアの町で何者かに追われ、ロッカールームの中に隠れる玲奈。ドクドクと… 脈拍を耳で感じながら、胸に手を当て、この状況をやり過ごすことだけを考えている。


 ===『ネェちゃん!! 何処や!!』

 徐々に近くなる声、ドンドン高まる脈拍と体温。胸の痛みでどうかしてしまいそうなくらい気が遠くなっていくのを感じる。そして…


―――ガラッ!!


『お!! 旨そうなネェちゃん!! みーっけ!!』

「う、うわああああああ!!」

 ロッカールームは開かれた…


 =============



「うっわああああああ!!」

「ふぐゃっ!!」

 哲夫の姿があの日のトラウマとリンクして、右のハイキックで一般人を相手に思いっきり蹴り飛ばしてしまった… 蹴られた彼の身体は川へとダイブする。


「え…?」

 その状況を疑う若者一同。タイマン、ステゴロの喧嘩じゃ負け無しである哲夫をぶっ飛ばしたのは女…

 『この街でナンバーワンのレディースの隊長とやらが三人がかりで襲撃してきた時だって、顔面をタコ殴りした上で三人ともハメ倒したあの哲夫が、女のハイキックであんなに吹っ飛ぶなんて…』 三人とも同じようなことを思っただろう。

 

 そして、一同のおののきに拍車がかかる出来事…


「て、哲夫!!」

 浩司は川に飛び込んで、哲夫を救助しようと奮闘するが… とても重くて引っ張れない。それでも何とかと川岸まで引っ張った所で気づく…


「お、おい… 嘘だろ?」

「ど、どうしたん? 浩司君…」

「え…?」

 佳代子と千夏は浩司たちのもとに駆け寄った。二人も近づいて気づく…


「…死んでる」

「え? え… ちょ哲夫!! あんた!!」

「嘘…!!」

 首がだらしなく倒れる哲夫の左胸に浩司は耳を当てるが、呼吸をする様子はない。玲奈の一撃で首がられたことを確信した。


「…」

 玲奈はそんな三人の姿を眺めながら、ある葛藤と戦っていた。


――ころセ、ころセ… オまえリカカル不幸ふこうキニシロ… ころセ、ころセ…


 耳元で囁く謎の声は、殺人衝動を駆り立てる。ここ最近の出来事だ、この声が現れたのは。


「てめぇッ!! 哲夫に何やった!!」

 今度は浩司が向かってきた… 玲奈はと言うと、この世界などもうどうでも良くなっていた。

 

 殺しは別に初めてじゃない… でも思いがけない出来事で若者を殺めてしまった。加えて、最近の彼女の心理状態は非常に激しく乱れており、大切な『人』が『自分』を苦しめる、という究極のジレンマにさいなまれて… 心は崩壊しかけていた。


 『もうどうでもいい…』、そう思うとすーっと自分を抑えていた何かが消えて… 気持ちが楽になるのを感じたのだ。


―――パチッ!! 指パッチン一つ、剣を生み出した。


「…どうでもいいよ。もうどうでも…」

 黒い瘴気しょうきの様なものが玲奈の体中をまとい、標的を狩ろうと剣にその瘴気しょうきが集中する。そして一瞬のこと…


「う、ぐあああああああ!!」

「浩司!!」

 玲奈は浩司の右腕を切り裂いた。何のためらいもなく… 斬られた浩司は地面でもがき苦しんでいる。


「ぐぐ…!!

あ、アンタ…!! 何やってるか分かって…」

「ああ… お前たちがその老人にやろうとしていたことと同じだよ。お前たちは私が裁く…」

「えっ? ちょっと…!!」


――ズシャ!! 浩司の右のこめかみ部分に剣を突き刺した。


「そ、そんなこと… うわああああ!!」

「わ、私たちは何も…!! 助け…」

 そう言うと、二人は玲奈とは真逆の方に走り出した。こんな時になって『自分の命はどうか…』と命乞いをしてくる連中を、玲奈はこの世界に生を受けてから多く見てきた。

 

 『悪党はいつだってそうだ。分が悪いと散々悪事を重ねてきたのに、今までの事は水に流してくれないかと困窮する。まるで悪魔だ。…悪党なら、悪党らしく散れ!!』

 とは口にしない。冷えきった彼女はそんな言葉にもならない思いを閉じ込めて、逃げる二人の前に現れる。


「え…!!」「きゃ!!」


「そんなことを、外道の私に言ってどうする…」

「お願い!! 許して!!」「自首するから…!!」

「それは地獄で、閻魔エンマに言え!!」

「きゃああああああ!!」

 まずは佳代子を胸元を斬りつけて…


「ひっ…!!」

 千夏の首を切り落とした。玲奈は容赦なく二人の女を切り刻んだのだ。自分の気持ちに決着つけるかのように、若者たちの命にピリオドを打った。


「はっ… はっ…!!」

 今だ過呼吸のような状態が続く老人のもとへ向かう玲奈。無論、先ほどの無残な光景も見ていたことだろう。玲奈はそんな老人の顔を両手で掴み、自分の顔に近づける。キスする間合いで…


「…爺さん、どうか私の顔を忘れないでくれ。忘れないで…」

「はっ、はっ、はっ、はっ…!!」

 何故そんなこと言ったのか… 深く考えての行動じゃない。でもどんな形であれ… 何か一つだけ、自分がこの街に居た証が欲しかった。


 楽しかったあの頃にはもう… 戻れないから。



 ◇◇◇


 家路いえじとは反対方向に歩きだす玲奈。ある人物に電話をかけて…


――「玲奈、どうした?」

「…兄貴。私… そっちに行くよ」


 こうして… 東山玲奈は家族の下から去っていった。『じゃあな、隼人』と別れを惜しみながら、彼女は財布も持たず、のまま別の道を歩きだした。



======玲奈が知らない世界======


「…私を、忘れないでくれ… どうか私を忘れないで… 忘れないで… 私を…」

 午前3時… 悲惨な現場。四つの若者の遺体と、ボケ老人のように一人念仏を唱え続けるおじいさん。そして一人の来訪者…


「ああ… 忘れないよ」

 悲しみの表情を浮かべながら、男は言った。


 後日談だが、玲奈が起こした事件は世に出回ることはなかった。とある男の揉み消しによって…


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