20:23 生徒会室

「つまり城ケ崎さんは……自分の『愚か者』っていう『肩書』が恥ずかしくって、カードを他の人に見せなくていいように、今まで単独行動をとってたってことなんですね?

 鍵のかかる生徒会室に引きこもって、室内でずっとルービックキューブとかトランプタワーとか『一人しりとり』とかの『一人遊び』をして、『愚か者』の能力で自分を守っていた……っていう」

「え、ええ……おおむねそんな感じよ」

 恥ずかしそうに目線をそらして、強がっている城ケ崎さん。最初にドア越しに話したときのクールさや用心深さは、もう微塵も感じない。


 静海が白石さんという人を殺してしまったり……土岐先生が『嘘』を『告発』されて死んでしまったり……。

 同じ学校内で、私たちがそういう残酷でシリアスな展開をしていたときに……この城ケ崎さんだけは、生徒会室の中でのんきにルービックキューブとかで一人で遊んでいたんだ。それを知ってしまった以上、もうこの人のことをクールだなんて思えない。完全に、ただのポンコツ生徒会長でしかない。


「ほ、ほら……この生徒会室には、抜き打ちの持ち物検査のときに生徒から押収したおもちゃがたくさんあるでしょう? だから、『一人遊び』するには困らないって思ったのよ。

 まあ、最終的には道具もいらないし一番簡単ってことで、『一人しりとり』をしていることが多かったけどね」


 確かに思い返してみると、最初にドア越しに話したときから今までずっと……城ケ崎さんはなんだかおかしな話し方をしていた。あれは、『愚か者』の能力で身を守るために、『一人しりとり』をしていたからなんだ。

 ……いやいやいや。

 その割には、あんまり上手に出来てなかったよね? 「また『ね』だわ!」とか言って、結構失敗してたよね?

 そうツッコみたい気持ちを、私は喉の奥に何とか飲み込んだ。


 だって……。

 私は今、こんなことをしている場合じゃないんだ。

 いつまでも、こんな空気の読めないギャグキャラに付き合ってる暇はない。私はこれから、「自分がやるべきこと」をやらなくちゃいけない。アリスの恨みを買ってしまっている私は……その償いとして、自分で自分を……。


 ……なのに。

「ともかく……一旦、話を元に戻したいのだけれど。

 ここが、哀田アリスさんが作った世界なんだとして、だったらどうして哀田さんは、こんな世界を作ったの? この世界に、どんな意味があるっていうの?」

 ああ、もう……。

 完全に話に置いて行かれているこのポンコツ生徒会長は、相変わらず空気を読まずに今さらそんなことを聞いてきた。めんどくさすぎるから、もういっそ無視してやろうかな、って思ったけど……。

「私のことを『愚か者』呼ばわりして、他のみんなにも、おかしな能力を与えたりしたのでしょう? そんなことして、彼女は一体何がしたかったの? ねえ? ねえ?」

 放っておいても、城ケ崎さんから質問攻めにあってさらにめんどくさそうだったので、結局は相手をするしかなかった。

「あーもー、だーかーらー……。アリスは、自分を殺した人たちに復讐したいんですよ!」

「復……讐……?」

「私、さっき言いませんでしたっけ⁉ ディミ子ちゃんが今、私たちを皆殺ししようとしてるのは、アリスの意志だって。

 つまり、アリスは自分が自殺したいと思うような原因を作った私たちのことを恨んでいて、その私たちに罰を与えるために、こんな世界を作ったんです。カードに書いてある不名誉な『肩書』は、どう考えたって罪を犯した私たちを糾弾しているとしか思えませんし。一緒に与えられてる変な能力だって、私たちに殺し合いをさせようとしてるってことなんですよ!」

「……それは、多分違うんじゃないかしら」

「は?」

 突然、思ってもみなかったことを城ケ崎さんが言った。


 これまでさんざん私やディミ子ちゃんたちが話してきて、もう完全に事実として納得していたことを、いまだに何も分かっていないポンコツな彼女がいきなり否定したわけだ。だから私はすごく驚いてしまった……というか、普通にちょっとムカついた。

「違う? 違う、ってどういうことですか⁉」

 彼女は、「当たり前でしょ」とでも言うような態度で、答える。

「言葉の通りの意味よ。私は、この世界は『哀田さんが自分を殺した憎い人間を集めて殺し合いをさせるための世界』じゃあないと思うわ。私個人としては、それほど彼女と親しかったというわけではないけれど……でも、これでも一応生徒会長ですからね? この学校の生徒のことは、一通り把握しているつもりよ。その記憶を頼りに言うなら……私の知っている彼女は、そんなことをする人間ではないわ」

「はぁー?」

 自信満々でそんなことを言い切る彼女に、少し呆れてしまう。

 やれやれ……。

「城ケ崎さん……悪いけどその話、もうとっくに終わってるんですよね?

 いや、そりゃあなたが、アリスのことをそう思いたい気持ちは、私も分かりますよ? 『あの優しい彼女が、私たちに復讐なんてするはずがない』……『そんなの信じられない』って気持ちは。

 実際、私だって最初は、そういう風に思い込もうとしてましたから。

 でも、もうこれは認めるしかないんですよ。こんな非現実的な世界で私たちを軽蔑するような『肩書』で呼んで、その上、物騒な能力まで与えている……。そんな状況を説明するには、アリスが私たちに復讐をしようとしてるって、思うしかないんですよ」

 ちょっと前までの自分を棚に上げて、彼女を諭す。でも、これはもう疑いようのない事実だ。私だって、さすがにもう受け入れている。

 だって、復讐されても仕方ないほどのことを、私たちは……少なくとも私は、アリスにしてしまったんだから……。

「っていうか、『私の知ってるアリスはそんなことしない』とか……。それって、私を騙そうとしてた『偽善者』の土岐先生と同じこと言ってますからね? この期に及んでまだそんなこと言ってるの、結構恥ずかしいですからね?」

 私は、いまだに現状が把握できていない城ケ崎さんを、完全に見くびっていた。


 でも……、


「ふふ……」

 そんな私の言葉を、城ケ崎さんは軽く笑う。

「『優しい哀田さんが、復讐なんてするわけない。だから、この世界は復讐のための世界じゃない』……っていうのとは、ちょっと違うのよね。私が言いたいのは」

「え?」

「私が言いたいのは、どちらかと言うとその逆……私の知っている哀田アリスさんは、そんなに『お人好ひとよし』じゃないってことよ」

「……はぁ?」


 城ケ崎さんの言いたいことが、私には全然わからない。

 アリスが、お人好しじゃない? いやいやいや……。むしろ、あんなお人好しなんて見たことないっていうくらいの、底抜けのお人好しでしょ?


 城ケ崎さんは、やっぱり自信満々の顔で続ける。

「私が知っているあの哀田さんだったら……自分がこれから死ぬってときに、『自分を死に追いやった憎たらしい人間たち』のことなんて、考えたりしないわ。わざわざ自分の時間を割いてそんな人たちに復讐してあげて、自分たちの罪の重さを教えてあげるなんていう親切なこと、するはずないわよ。

 だって、憎いと思っている人たちなんでしょ? 嫌いな人たちなんでしょ? そんな人たちが今後どうなったって知ったことじゃないし。そもそも、死の間際までそんな人たちのことなんて、考えたくもないはずよ。

 もしも、死の間際の哀田さんの身に何か超自然的な力が働いて、彼女がこんな不思議な世界を作ってしまったのだとしたら……。そして、そこに自分が望む誰かを呼び出すことが出来ると分かったのなら……。

 彼女はきっと、これまで自分を守ってくれた人や、感謝を感じている人に、恩返しをすることを考えるわ。この世界を、復讐の世界なんかじゃなく、そういうことのために使うはずだわ。私が言いたいのは、それよ」

「そ、そんなのって……」

 ありえない。そう言おうとしたのに、言葉が出てこない。

 私はどこかで、それがありえないことじゃないって思っているのかもしれない。

 やっぱりまだ、アリスは復讐の世界なんて作らないって、思いたかったのかもしれない。

 だから、代わりに城ケ崎さんに尋ねた。

「で、でも……じゃあ城ケ崎さんは、この世界が、アリスが誰かに恩返しをするための世界だって言うんですか? 不名誉な『肩書』や、物騒な能力があるこんな世界が、復讐の世界じゃないんだとしたら……アリスはどうして、こんな風にこの世界を作ったんですか⁉」

 彼女はその問いに、

「それは、分からないわ」

 とあっさり言った。

「へ……?」

「私に分かっているのは、この世界が『哀田さんの復讐の世界』なのか、そうじゃないのか……少なくとも今の時点では、どちらかを言い切るだけの十分な証拠なんてないでしょ、ってことよ。

 そもそも……これは推理小説やゲームじゃないんだから、ちゃんとヒントが与えられていて私たちに分かるようにできているのかどうかさえも、確かじゃないわ。与えられた時間内に明確な答えなんて、出せないかもしれないわね」

 そう言って、腕時計に目を落として、「ああ、もうこんな時間なの? 八時半まで、あと十分もないのね」とつぶやいた。


「そっ、か……」

 私は、ちょっとがっかりだった。

 彼女が土岐先生と同じようにまた、「この世界は復讐の世界じゃない」なんて言葉を言うものだから……。もしかしたら、先生と違って彼女なら、何か新しい考えがあるのかも……なんて。期待してしまった。

 でも、そんなわけがなかった。

 城ケ崎さんは土岐先生のように、自分のために私を騙そうとしているわけじゃあなさそうだ。でも、だからと言って別に根拠があって言ったわけじゃない。私の期待に応えてくれるような考えを持っているわけじゃないんだ。


 だとしたら、やっぱりこの世界は「復讐のための世界」なんだろう。今の私には、そうとしか思えないのだから……。


「あら? どこに行くの?」

 気づくと、私はふらりと生徒会室の出口に向かっていた。

「え……と」

 さっき彼女に助けてもらったばかりなので、ちょっと言い出しづらい。でも、隠してもしょうがないので、苦笑いしながら答えた。

「さっき、図書室を出る前にディミ子ちゃんが言ってましたよね? 私は、今の自分がすべきことを、もう分かってるって……。

 城ケ崎さんは別の考えみたいですけど……私はやっぱり、この世界は『アリスが復讐するための世界』だと思うんです。だったら、彼女を死なせてしまって、彼女から一番憎まれている私がこれからこの世界でするべきことは……決まってますよね? このまま何もせずに時間切れになってしまう前に、自分の罪を反省して、その償いをすること……。八時半になる前に、私は自分で自分の命を絶って……」

「貴女、何言ってるの? バッカじゃないの?」

 そんな私に、城ケ崎さんが呆れ果てたように言う。

 ……っていうか『愚か者』のあなたに、バカとか言われたくないんだけど? 


 彼女は続ける。

「そもそも、私たちが死ぬことが、哀田さんに対する償いになるのかっていう根本的な問題はあるけれど……。それにしたって、どうして今、その選択肢をとる必要があるのかしら? 私には、貴女たちが考えていることが全然分からないわ」

「ど、どうしてって……だ、だから! 私たちは、それだけの罪を背負っているから……」

 ああ、もおーう! めんどくさいな、この人! やっぱり、正真正銘の『愚か者』だよ!

 物分かりの悪い城ケ崎さんに、私もだんだん我慢できなくなってきた。でも城ケ崎さんは、そんな私の目をしっかりと見つめて、毅然とした表情で、言った。

「さっきも言ったように、『この世界が何のためにあるのか』ということについて、私たちはまだ、確かな証拠を持っていないのよ? 貴女や奥村さんはそれを『復讐の世界』と考え、私はそうではないと考えている。どちらが正しいのかは、まだちゃんと分かっていないの。

 だけど、『この世界を哀田さんが作った』ってことについては、確かなのでしょう?

 だったら私たちが今すべきことは、時間切れギリギリまで、彼女がこの世界に残した遺志を汲み取ることだわ。たとえそれが分からなそうだとしても……分かるはずがないことなのだとしても……。最後の一分一秒まで、この世界が何のために作られたのかを理解することに、全力を尽くすこと。それこそが、哀田さんへの本当の償いになるのよ。

 そういうことをしないで、まだ時間が残っているうちに勝手に自分の考えが正しいと判断して自ら死を選ぶなんて……そんなの、ただの逃げだわ。もし、貴女の心の中に哀田さんに対して強い罪の意識と負い目があって、どうしても死ぬことで償いをしたいっていうのなら……。それをするのは、この世界が本当に復讐のための世界だってことがはっきりと確定してからでも、遅くはないはずでしょう?

 何も分からずに時間切れの八時半を迎えてしまって、それによって私たちの存在が消えてしまったとしても……それならそれで、ちゃんとその時点で死の償いは果たせるわけなんだから、別に問題はない。

 仮にそうならずに、時間切れになっても私たちの存在が消えずにずっとこの世界に残されてしまうとか。あるいは、何かの間違いで元の世界に戻ってしまったりなんかしても……。それなら、そのときに改めて勝手に死ねばいいことじゃない? 死ぬことなんて、いつだって出来るのよ。

 だったら、この世界にいる間は、この世界でしか出来ないことをするべきだわ」


「え……」

 唖然としてしまった。

 死ぬことなんて、いつだってできる。だから今は、この世界でしか出来ないことをするべき。

 そんなこと……考えもしなかった。


 確かに。

 この世界が本当に「アリスの復讐の世界」なのかどうかは、まだ確定したわけじゃない。今見えている情報では、それが一番妥当だと思えただけ。ディミ子ちゃんがそう言って、それに私が反論するための材料を見つけることが出来なかっただけだ。

 だったら、まず私たちがすべきことは、それが本当にそうだという確証を得ること……。


 城ケ崎さんのその言葉は、愚直なくらいに正論だった。

 でも、そんなバカみたいな正論が、今の私には、思いもよらない発想の転換に思えた。自分で自分の逃げ場をなくして、とことんまで自分を追い詰めていた私の心に、空気を読まずにハンマーで大きな風穴を開けられたようだった。

 私だけだったら、きっとそんな正論は言えなかった。言おうとしても、その前にアリスに対する罪悪感が邪魔をして、「何となく復讐の世界っぽい」という安直な雰囲気に流されてしまっていた。


 でも、目の前の城ケ崎さんは、そんな愚直でバカみたいな正論を、何の疑いもなく言ってしまえる人なんだ。自分の中の正しさに、どこまでも正直でいられる人なんだ。

 城ケ崎さんは、やっぱり本物の『愚か者』だった。

 『愚か者』だからこそ、普通の人には出来ないようなまっすぐな考え方が、出来てしまうんだ。


 だてに、この学校の生徒会長に選ばれたわけじゃないらしい。

 私はちょっと、彼女のことを見直し始めていた。



 死ぬことが、いつだって出来るのなら……。元の世界に戻ってからだって、やろうと思えばできるのなら……。

 だったら今は、もっとあがいてもいいのかもしれない。

 この世界のことを……私の知っているアリスのことを……信じてもいいのかもしれない。


 城ケ崎さんに穴を開けられた私の心に、遠くのほうからわずかに希望の光と、爽やかな風が差し込んでくる。

 思いつめていた心が、少し軽くなった気がした。



「そう……だよね。この世界は、まだ終わっていない。

 だったら、まだ諦めるのは早いのかもしれないよね。今しか出来ないことを、やるべきなんだよね……」

 残された時間で私たちがすべきことは、自分で自分を殺すことじゃない。最後まで諦めずに、この世界の意味を理解しようと努力することだ。


 それこそが、アリスに対する本当の償いなんだ。

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