20:21 生徒会室

「と……とりあえず、生徒会室まで逃げるわよっ⁉」


 城ケ崎さんに手を引かれて、一緒に走っている私。でもきっと、そんな必要はない。そんなことをしなくても、ディミ子ちゃんは私たちを追って来たりはしないだろうから。


「よ……よろけないで、ちゃんとついてきなさいね!」


 だってディミ子ちゃんは、私が、自分の罪を後悔していることを知っているから。私がアリスに対して罪悪感を抱いていて、追っていかなくても、どうせ私は自分で自分に「ケリ」をつけるって分かっているはずだから。


「ね……眠ってる暇なんて、ないんだからね⁉ ああ、しまったわ! また『ね』じゃないの⁉」


 ……だって。

 そうすることが、アリスを傷つけた私が出来る、せめてもの償いだから。アリスが死ぬきっかけを作ってしまった私には、もう、そうする以外の道は残されていない。

 だから……たとえこれから生徒会室に行ったとしても、私がやるべきことはさっきと変わらない。ディミ子ちゃんが言ったように、私には「すべきこと」がある。

 それは、自分で自分を殺して、責任を……。


「ね……ね……ね、猫も杓子も、つべこべ言わずについてきなさいよね! って……ああ、もおうっ! また『ね』よっ!」

「……」


 ってか、さあ……。


「えーと、ごめん……城ケ崎さんは、さっきから何を言ってんの?」

「は、はあっ?」

 一人でわけの分かんない言葉を叫んでいる城ケ崎さんが邪魔をして、思考がうまくまとまらない。

 「ね」がどうしたとか、「猫も杓子も」とか……。


 いや、あのさ……今って一応、結構シリアスな展開の真っ最中なわけでしょ? だから、あんまり考えなしにバカっぽいことを言わないでほしいんだよね?

 そんな私に、城ケ崎さんは不機嫌そうに答えた。

「う、うるさいわねっ! べ、別に……私が何を言おうが、私の勝手でしょっ⁉ 私が『一人しりとり』してたからって、そんなの貴女には、何の関係も……」

「はぁ? 『一人しりとり』?」

「な……何でもないわよっ! と、とにかく、私のことは気にしなくていいのよっ!」

 そしてまた彼女は前を向くと、またわけの分からないことを言うのを再開するのだった。

「ね……ね……年中無休で、走り続けるわよっ! よ、よし、これで最後が『よ』になったわ『ね』……って。

 あ、あれ、もしかして……また『ね』?」


 うーん……。

 城ケ崎さんって……前に生徒会室で扉越しに話したときは、もっとクールでおとなしい感じのイメージだったんだけどなあ……。こうやって直接話してると、なんか、だいぶ……。


 ……ま、まあ、とにかく。

 それからも、誰もいない廊下を走り続けた私たちは、――途中、大神先輩の血だまりがある廊下を通り過ぎて――生徒会室に到着した。



「とりあえず、ここに隠れていれば、しばらくの間は大丈夫でしょう。さて……これから私たちがどうすべきなのかを、考えなければいけないわね」

 生徒会室のドアを内側からロックしてから、城ケ崎さんは部屋の反対側の窓から事務棟の図書室を監視しながら、そう言った。


 生徒会室は八畳のワンルームくらいの大きさで、中央に長テーブル、その周囲に六脚のパイプ椅子が並んでいる。あとは、ホワイトボードやガラス戸のついた棚があるくらいで、すごく事務的で、いたって普通の部屋だった。

 ただ、しいて言うなら……そんな事務的な部屋の長テーブルの上に、何故かいくつかのおもちゃ――ルービックキューブやすごろく、作りかけのトランプタワーなど――が雑多に置かれていたのが、ちょっと気になったりはしたけれど……。

 でもそんなこと言ったら、私の学校のバスケ部の部室は、もっと漫然と散らかっていてカオスだった。それに比べれば、十分に片付いていると言えた。


「あ、あの……」

「奥村ディミトリアさんが相手となると、さすがに一筋縄ではいかないでしょうね。あの子は、そうとう手ごわいわ。……でも、だからと言って逃げてばかりはいられない。やるしかないのよね」

「あの……城ケ崎さん、私……」

「大丈夫よ。私、実はさっき図書室の前で貴女と奥村さんが話しているのを、一部始終立ち聞きさせてもらっていたの。だから、今の状況についてはだいたいのことは理解しているつもりよ」

「……」

 すでに自分が「すべきこと」について、私は覚悟を決めている。

 城ケ崎さんには、せっかく助けてもらってここまで連れてきてもらって申し訳ないけれど……私はもう、その「すべきこと」に抗うつもりはない。

 でも、私のそんな事情には気づいていないらしい彼女は、なかなか私の言葉を聞いてくれない。

「奥村さんのカードは『嘘つき』。能力は、ついた『嘘』を真実にすること。それから貴女……確か、飯倉さんと言ったかしら? さっき図書室のドアの隙間から覗いていて見えたから、貴女のカードも知っているわ。カードの『肩書』は『裏切者』で、能力は無し……違う?」

「い、いえ……それで合ってます。……で、でも」

「それから、この世界にいるのは、もう私たちと奥村さんだけなのよね? つまり、私たちを皆殺しにしようとしている奥村さんは、これから必ず私たちの命を狙ってくるはずだわ」

「そ、そのことなんですけど……実は、私……」

「ただ、あっちは一人。こっちは二人という意味で、数の面ではまだ私たちにアドバンテージがあると言えるわね。あとは、どうやってこのアドバンテージを活かすか……」

「じょ、城ケ崎さん! 私……!」

「なんとか残った私たちで奥村さんを倒して、元の世界に戻りましょうね? 私がいる限り……こんな世界を作った首謀者の彼女の思い通りになんて、させないんだから!」

「っだから! 私はもう、ディミ子ちゃんとは戦うつもりはないんですってば! むしろ私は、これから自分で死を…………え?」

「え?」

 そこで。

 城ケ崎さんの言葉に強烈な違和感を覚えて、私は思わず自分の言葉を飲み込んでしまった。それでも、ちょっと待っていれば、彼女がさっきの言葉について何か解説でもしてくれるかと思ったけど……、

「え?」

「……え?」

 城ケ崎さんのほうも、不思議そうな顔で私を見ているだけだ。

「…………え?」

 ……っていうか、むしろ頭の上に巨大なクエスチョンマークでも浮かんでるんじゃないかってくらいに、見事なとぼけ顔すら作っている。

 ははーん。さてはこの人……で言ってるな?

「あ、あのー、城ケ崎さん、さっき……なんて言いました?

 も、もしかしてですけど……『ディミ子ちゃんがこの世界を作った首謀者』とか、そんなこと言いませんでした?」

「え? 違うの?」


 ……はあ?


 あなた……私たちの会話、一部始終聞いてたんですよね? だから、だいたいのことは分かってるんですよね?

 ……なのに、どうしてそういう話になるの?

「え、えーっとぉ……」

 何から説明したらいいのか考えているうちに、城ケ崎さんが「こっちこそ、貴女の言いたいことが全然分からないわ」とでも言うように、当然のことのように聞き返してきた。

「だってこの世界は、さっき図書室にいた奥村さんが作ったのよね? 彼女は、哀田アリスさんが亡くなってしまったことが悲しくて、その敵討ちとしてこんな世界を作って、私たちを閉じ込めた。そして、哀田さんの死に関係のある私たちを一人ずつ殺害しているのよね? 違う?」

 うん、違うけど……。

「奥村さんがすべてを仕組んだ首謀者だから、彼女は土岐先生を殺してしまった。そしてさっきも貴女に『嘘』の毒を飲ませたりして、殺害しようとしたのよね?

 ここまでは、特に大きな認識違いはないかと思ってるのだけど……」

「いやいやいや……。だから、そもそも根本からして認識違いなんですってば……」


 意外なポンコツっぷりを発揮した彼女にちょっとイラっとしたけれど……そのまま何も分からないままにしておくのもかわいそうだ。私は、一応説明を試みてみることにした。

「えと、城ケ崎さん……あのー、ですね……?

 この世界は、ディミ子ちゃんじゃなくって、哀田アリスが作った世界なんですよ? そんでディミ子ちゃんは、その世界を単に利用してるだけっていうか、アリスの意志を継いで罪人を裁こうとしているだけで……首謀者なんかじゃなくってですね……」

「え? 奥村さんと戦って、『まいった』って言わせれば私たち元の世界に戻れるんじゃないの?」

 戻れねーよ! ってか、どっから湧いて出てきたんだよ、そのバトル設定⁉


 ……ダメだこりゃ。なんかもう、説明するの面倒になってきたな。

 ほとんど何も理解してないくせに、思い込みが激しくて勝手に脳内でオリジナル設定を作っちゃっている彼女に今の状況をちゃんと伝えるには、相当の時間がかかりそうだ。私は早くも、これ以上彼女に関わるのを諦めようかと思い始めてきた。


 ……まあ、でも。

 仕方ないっちゃあ、仕方ないのかもね。

 だって彼女は、これまでずっとこの生徒会室に引きこもっていて、私たちがこれまで見てきた物語の内容を全然追えていないんだから。ディミ子ちゃんの話によると、最初に目を覚ましたあとすぐに全員で図書室に集まってやった情報交換会にすら、彼女は参加しなかったのだから。

 そんな、ある意味先入観が何もない城ケ崎さんにしてみれば、さっき毒を飲ませて私を殺そうとしていたディミ子ちゃんのことを、全てを仕組んだ首謀者だと思えてしまっても仕方ない。

 呆れとともに、私は城ケ崎さんにそんな風に同情して、もう少しだけ忍耐強く相手をしてあげることにした。


「えと……ディミ子ちゃんが今、私たちに敵対して、私たちのことを殺そうとしているのは確かなんですけど……。それは、彼女がアリスの代わりに復讐を果たそうとしているからってだけで……。実際にこの世界を作ったのは、アリスなんです」

「そうなの?」

「そうなんです。そのことは、もう結構初期の段階でとっくにみんなの共通認識になってるんですから、今さらぶり返さないでくださいよ……」

「ふぅーん。まあ、そういうことならそれでもいいけど……」

 イマイチ納得いってなさそうなのが相変わらずちょっと腹立たしいけど、とりあえず理解はしてくれたようだ。

「まったく……。そもそも、もとはと言えば城ケ崎さんが、ずっとこの生徒会室に引きこもってたのがいけないんですからね? ちゃんとみんなと一緒に行動してれば、正しい情報を知ることが出来たはずだし。『ディミ子ちゃんがすべての首謀者』なんていうトンデモない勘違いだって、しないで済んだんですからね?」

「だ、だってそれは、仕方ないじゃない!」

 そこで、少し言いよどむ城ケ崎さん。

「わ、私には……どうしても他の人たちとは一緒にいられない、理由があったのだから……」

「ん?」

 あ、そういえば……。

 そこで、私は一つ思い出したことがあった。

「そういや城ケ崎さんって……アリスに対して、引け目を感じているんでしたよね? 自分で自分のことを『犯人』と思えちゃうような、すごく重い責任をアリスに感じてるんでしたよね?

 だから、他の人に会って、それを断罪されるのが怖かったんですよね」

「……?」

「でも……それについてはもう、気にしなくていいと思いますよ。

 実は、あのカードの裏面に書いてある『犯人を殺害しろ』っていう文は、『嘘つき』のディミ子ちゃんが書いた『嘘』なんです。だから本当は、私たちの中に『犯人』なんていないんですよ。

 それにアリスについての罪で言うなら……一番責任があるのは、間違いなく私なんで。城ケ崎さんが、責任を感じる必要なんて、ないですから……」

「え?」

「……え?」

「…………え?」

 いや、またこのパターンかよ……。

 さっきみたいに大きなクエスチョンマークを浮かべている城ケ崎さんが、とぼけた顔で尋ねてくる。

「哀田さんに責任を感じてる、なんて……。私、そんなこと貴女に言ったかしら? ……っていうか、そもそも『犯人』ってなんのこと?」

「はぁ⁉」

「え?」

 ちょっともう、いい加減にしてよ……。

 これじゃあ、いつまでたっても話が先に進まないよ……。

「いやいやいや……城ケ崎さんはちょっと前に、私がこの生徒会室の扉の前まで来たときに、言ってたじゃないっすか?

 ああ、っていうか……もっと正確に言うと、私が『城ケ崎さんはアリスに強く責任を感じていて、断罪されるのが怖いから引きこもってるんですよね?』って聞いたら、無言だったじゃないですか?

 あれは、私の質問を認めたってことでしょう? 今さら、そんなこと隠さなくってもいいですから……」

 ポンコツ生徒会長さんのポンコツっぷりにうんざりしていた私は、ちょっとキツメの口調で言う。でも、彼女は……、

「え? 別に、そういうわけじゃないけど?」

 なんて答えた。

「はぁ?」

 彼女がいまだに自分のアリスの罪を知られるのが怖くてとぼけているのかとも思ったけど……どうやらそうじゃないらしい。彼女は、さっきの頭の上のクエスチョンマークを無限に量産しながら、首をかしげているだけ。本気で、私の言ってることが分かっていないみたいだ。


「え……? で、でも、あのとき城ケ崎さんは、私の質問に答えづらそうな態度だったですよね……だ、だから私てっきり……。

 って、っていうか! 私が帰ろうとしたときだって、最後に『ノブレス・オブリージュ』なんて言ったじゃないですかっ⁉ あれだって、要するに『アリスに対して責任を感じている自分が、生徒会長の責任としてその罪を償う』、みたいな意味だったんでしょう⁉」

「ち、違うわよ! あ……あのときは、そのひとつ前の言葉が『の』で終わってたから、なかなか言える言葉を思い付けなくて……それで、貴女の質問に答えたくても答えられなかったのよ。だって、『一人しりとり』を続けるには、『の』以外で始まる言葉を言うわけにはいかなかったんだもの……。

 『ノブレス・オブリージュ』は、貴女の帰り際にたまたま『の』で始まる言葉としてそれを思いたから、適当に言っただけで……」

「はぁ⁉ 適当っ⁉」

 おいおいおいおい……またこの人、なんか変なこと言いだしたよー?

 『の』で終わるとか……『一人しりとり』がどうのとか……。

「あのときはまだ私、貴女のことを警戒していたから……だから、貴女が『能力は持ってない』っていうのも、嘘かもしれないって思って……。ドアの外から私を攻撃できるような能力を持っていたら、困るって思って……。それで自分のカードの能力で、『一人しりとり』をしてたの……」

「『一人しりとり』が……自分のカードの、能力……?」

 ちょ、ちょっと待って……。

「っていうか……そういえば城ケ崎さんも、カードと『肩書』持ってるんですよね? まだ聞いてませんでしたけど……その『肩書』って、なんなんすか?」

「え? えぇーっとぉ……」

 口ごもる彼女。

 それから、ようやく彼女は懐からカードを取り出して私に見せてくれた。

「こ、これって……」

「な、何よ⁉ バカにしてるのっ⁉ バカにしたいなら、すればいいわよっ!

 あぁーもうっ! だから嫌だったのよっ! だいたい、どうして私がこんな『肩書』なのよっ! こんな、全然私に似つかわしくない『肩書』のカードを持ってるなんて他の人に知られたくなかったから、今までずっと、この生徒会室に隠れていたっていうのに!」

 そんな風に、わめき散らす城ケ崎さん。

 その、彼女のカードは……、



“あなたは愚か者です。

あなたが一人遊びをしている間、あなたは他のすべての能力の対象外となります”



「あー、なるほどー……」

 これまでの城ケ崎さんを考えると、その『肩書』に妙に納得出来てしまう私だった。

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