第311話「最終話:酷幻想の果て」

 シレジエ王国中興の祖、佐渡タケルは世界を探検し尽くした後。

 新大陸の遺跡で発見した世界の裂け目より、元の世界へと戻るゲートを発見した。


 しばし沈黙したのち。

 タケルは「酷幻想こそが自分の現実だ」との言葉とともに、そのゲートを自ら閉じてシレジエ王国へと帰還したと伝えられる。

 

 その後は、外交使節として赴くことを除いて王国をほとんど離れることなく国の発展のために尽力した。

 そして、三百三十一歳の長き治世を終えて……。

 

 シレジエの郊外の牧場。

 三千人を優に超える多くの子孫に見送られながら、自らの最初の后であるシルエットの墓の近くで入滅したと伝わる。

 

 その最期は、死して女神アーサマのもとへと導かれたとも。

 激しくタケルを愛好した混沌女神しょくしゅおねえさんによって肉体を持ち去られたとも伝えられる。


 偉大なる英雄にして世界の覇者であるタケルの死後。

 多くの国は、その子孫によってバラバラに分割統治されることとなった。


 タケルという大本を失ったことにより、世界は混乱するかと思われたがそうでもなかった。

 それは、シレジエ王国の摂政ライル・ラエルティオスによって精妙に配置された国際秩序によるものでもあったし。

 

 王国のほとんどが、議会政治に移行して立憲君主制国家となっていたことにもよる。

 そして、魔族の血を引くタケルの子孫の一人であるオラケルが北の魔王国を継承してあえて人類の敵として君臨してバランスを取ったことにもよる。


 ともかく、その後五百年――


 ライルの策により、世界は小さな小競り合いはありつつも比較的平和であり、魔法と機械を融合させた人類の文明も繁栄を極めることとなった。

 

 そして、タケルより七代目。

 シレジエ国王二十四代目の国王、アルル・シレジエ・アルバートはロケットによって月に作られた基地へと赴いていた。


 ふわりと月基地のタラップに降り立つアルル。

 月の重力は、これまで生きてきた大地に比べてかなり軽くて驚く。


「衛星に、これほど大きな施設を作るとは……これも佐渡商会の財力ゆえか」


 タケル譲りの黒髪であるアルルは、魔法機械文明の叡智の結晶とも言える壮麗な月基地より、外に広がる宇宙を眺めて嘆息をついた。

 ここからだと、自分たちの世界があまりにも小さな惑星であったことに気付かされる。


「国王陛下。佐渡商会の財力だけではなく、我ら魔法科学アカデミーの技術力も褒めていただきたいものです」


 そう皮肉めいた口調で笑う、一見美女かと見紛うほどの美麗な若者が国王を迎える。

 


「おお、エイル・ラエルティオス大博士。もちろん、月までをも手中に収めたアカデミーの実力も素晴らしいものだ」


 鈍く光る銀色の宇宙服に身を包んだ茶髪の美形、エイル大博士も、国王と同じくタケルの血を引いている。

 ライル・ラエルティオスより七代目の子孫である。


「我がラエルティオス家の始祖、ライルの予言より百年も遅れてしまいましたけどね」


 祖先が書き残したボロボロになった予言書に目を通しながら、そう言うエイル大博士。

 もしライルの策謀がなく英雄タケルが世界を武力で統一していたら、世界は平和になったであろう。


 しかし、長き平和は停滞を生む。

 かつて滅びかけたシレジエ王国のように文明は停滞して、やがて元の木阿弥へと戻ってしまったに違いない。

 

 各国が対立する適度な緊張感によってこそ、人類の文明は発展する。

 そして、資本主義の競争は科学の発展を産み。

 

 こうして、人類は月へと到達したのだ。

 全てはライルの予言通りに進んでいる。


 エイル大博士がそのことをアルル国王へと語ろうとした時、突如基地中にけたたましい警戒警報の音が響き渡る。


「どうした!」


 赤い警報のランプに照らされながら、エイル大博士は窓の外を指差す。


「国王陛下、あれをご覧ください」


 月基地の分厚いガラス窓の向こうに、月の地面に大きな触手で張り付くように進む不気味な巨大生物が出現していた。


「あれが、噂に聞く幻魔竜か。とんでもない化け物だな……」


 竜と名の付く生物であり、上半身は竜のようにみえる。

 しかし、下半身は巨大なタコのような不気味な混沌生物であった。


 生理的嫌悪とでもいったらいいのだろうか。

 蠢くその巨体は、見ているだけで人間の正気を吸い取る。


 しかし、国王アルルとて剛の者。

 正気を振り絞って、その悪魔のような生物をにらみつける。


 幻魔竜のごわごたとした表皮は月の砂漠に似たような不気味な鈍い銀色に覆われており、地球上のどの生き物とも全く違う生態を持っていることがわかる。

 あのような不気味な生物であるから、大気の保護がなく宇宙線が直撃する月の地表に張り付いて生きていけるのだ。


 酷幻想の月は、地球の月のような無人の地ではなく。

 あのような奇怪な生物の巣窟だった。


「あれらの襲撃のおかげで月の開発は停滞してしまいましたが、ご安心ください。対抗手段はすでにあります。おい、国王陛下に電子魔導砲の威力をご覧にいれなさい!」


 エイル大博士の指示により、月基地の砲台から砲身が伸びてそこより紫がかった魔法の電光が放射された。


「ギギギギギギギッ――」


 魔法の電光に撃ち抜かれた幻魔竜は、この世の物とは思えぬ軋んだ悲鳴を上げて見事に撃滅された。


「あれを倒す魔法があるとは、見事なものだな」


 直接戦や冒険などに出ることはない国王アルルは、恐ろしい化け物を見て内心でビビっていた。

 国王としての威厳があるので、なんとか場を取り繕ったが……。


 よくよく考えてみれば、危険な場所に国王を呼ぶわけがないので。

 これは、エイル大博士による新兵器のデモンストレーションなのだろう。


「あの混沌生物。表皮はあらゆる攻撃を跳ね除けるほどに硬く柔軟ですが、雷撃が弱点なのです」


 エイル大博士ご自慢の魔導砲は、始祖の英雄タケルの特異魔法を参考にして作られているという。


「なるほど、そのようなこともあるか」


 伝説によると、始祖タケルは混沌竜をも討ち果たしたと聞く。

 その魔法攻撃を再現できるのであれば、異界の魔物でも倒せるのだろう。


「幻魔竜などの死骸は、宇宙線をも跳ね返す宇宙服の材料にもなります。倒すことさえできれば、有用な資源ともなるわけです」


 エイル大博士は、自身の着ている宇宙服を示してそのように微笑むが。

 有用な資源と言われても、これまであのような混沌獣の襲撃で多くの人命が失われてきたことに、アルル国王は嘆息せざるをえない。


「この世界を、酷幻想リアルファンタジーとはよく言ったものだ」


 つい偉大なる祖先タケルの口癖を口にしてしまうアルル。

 その苦虫を噛み潰したような表情の横顔は、肖像画に残っているタケルにもよく似ていた。

 

 それを聞いて、エイル大博士は言う。


「我が祖、ライルの予言書によりますと、佐渡タケルのいた異世界はこの同じ宇宙のどこかに存在すると計算されています」

「そうなのか。では、宇宙へと進出すればやがては始祖のやってきた大地へとたどり着くわけか……」


 アルル国王の言葉に、エイル大博士はうなずく。


「我らが始祖、佐渡タケルの生まれ故郷へと到達することも、もちろん可能でしょう」


 もちろんそうするためには、あまりにも広い宇宙を渡る星の舟を作らねばならない。


「できるか、エイル大博士」

「はい、必ずや!」


 今はこの月基地より、外宇宙へ探査船を送り、徐々に観測の範囲を広げているところだという。

 混沌生物達がすでに月へと生息域を広げているように、アルルたち人類もやがては宇宙を生息域として広がることもできる。


 エイル大博士は、そう確信しているようだった。


「エイル大博士は、争いこそが進歩と発展を産むというのが持論だったな」


 それを聞いて、エイル大博士はチッチッチと指をふる。


「適度な争いが、です。おそらく、月は我々が手中へと収めるでしょう。しかし、宇宙には月の幻魔獣など物の数でもない恐ろしい混沌生物がいるはずです。人ならざるものも、また我々には理解の及ばぬネットワーク……文明を持っているようにも思われます」


 月への人類の進出に伴い争いが起き、それが刺激となって混沌生物も進化していくだろう。

 まさに、それは冒険だ。


 その危険極まる争いの中で人類が滅びなければ、やがて混沌生物に対抗して進化していくことができる。

 それは、百年先、千年先を見据えた展望となる。


「フッ、魔法科学師の言うことは遠大すぎてついていけぬ……」

「そのために、魔法科学アカデミーへのさらなる支援をお願いしたいというお話ですね」


 わかったわかったと、国王アルルは鷹揚に手を振って笑った。

 おそらくアルルの治世では、月の支配が精一杯であろう。


 しかし、やがてはアルルの子孫達が星の舟を作り、美しい星々がまたたく宇宙の大海へと乗り出していくことを想像すると悪くない気分であった。

 自分が踏みしめた今日の一歩も、冒険と希望に満ちた明日へとつながっていく。


「偉大なる始祖タケルよ。酷幻想リアルファンタジーだって、思ったより悪くない世界でありましたでしょう」


 伝えられていないタケルの最期の際の言葉は、もしかするとそうであったのではないか。

 国王アルルは、暗黒の宇宙に瞬く星々を見上げながら、不意にそんなことを思って静かに微笑むのであった。

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酷幻想をアイテムチートで生き抜く 風来山 @huuraisan

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