第291話「女神の子ニコラウス爆誕」

 ニコラウスの顔の形をした白い石の山が、石材を取るために無残に削られまくってる。

 あまりのことに声も出ない俺に、オラクルが尋ねる。


「タケル、これは例の大司教じゃな」

「うん……」


「これ、生きてるんじゃろうか?」

「うーん、どうだろう。もうだいぶ削られちゃってるし、それ以前に完全に石化してるしなあ」


 生きてるか死んでるかと聞かれたら、どう見ても死んでるとしか思えない。

 何がどうなって、大魔神に飲み込まれたニコラウスの巨大な顔が、アビス大陸の地中から発生したのだろう。


 これも混沌の思し召しだから、おそらく考えるだけ無駄なんだろうけど。

 ハイドラにドラゴンの背中に乗せてもらっているリアが言う。


「あ、そうだ。こういう時こそ是非もなく『白銀の羽根』じゃないでしょうか」

「そうか、それがあったか」


 降臨した女神アーサマがリアに託した『白銀の羽根』。

 もしかしたら、これを見越して与えられたのかもしれない。


 ともかくなんでもやってみることさという勢いで、ニコラウスの顔の上に降り立ったリアが『白銀の羽根』を貼り付けると。

 ゴゴゴゴゴゴッと顔自体が揺れ始めた。


「キャァァ!」


 リアが叫び、ハイドラはドラゴンに乗って退避。

 良かったあそこに降りなくて。


 ピキピキッ! と大きな音がして顔が真っ二つに裂けかけて揺れは止まった。


「うわぁ、なんでしょうこれ。もしかして、是非もなくやっちゃダメなことだったんでしょうか?」

「そんなん俺に聞かれてもわかるわけないだろ。リア、もっとやってみろ」


「そんな、是非もなく怖いんですが!」

「もうここまでやっちゃたんだから、全部割るしか無いだろ」


 他人事だと思ってとリアが怒っているが、これこそアーサマの使徒たるリアの役割だ。

 結局、リアは石像が全部割れるまで、『白銀の羽根』を押し付けて石像を割って羽目になり、最後は石材の割れ目の中に落ちてしまった。


「キャァァア!」

「おーい、大丈夫かリア」


 さすがに、亀裂を覗きこむと下から「是非もなく助けて下さい!」との声が聞こえる。

 ロープを垂らしてやると、スルスルと登ってきた。


「大丈夫かリア」

「中にこんなものが落ちてました」


 リアが、女神のローブのフードから取り出したのは赤ん坊だった。


「お前これ、落ちてたってもんじゃないだろ」

「どう見ても、普通の赤ちゃんですよ」


 あんな割れ目から出てきたのが普通の赤ん坊なわけないだろ。

 なんだ、この嫌な感じの桃太郎は……。


「オギャー! オギャー!」


 赤ん坊は、なんかリアに抱かれるのを凄く嫌がって泣いて暴れている。


「あ、ダメ!」


 リアの手を抜け出ると、赤ん坊は超高速で俺の方にハイハイしてくる。

 なんだこの昆虫的な気持ち悪い動きは……。


「オギャー! オギャー!」


 俺の足に抱っこしろと抱きついてくる。

 なんか抱きつきながら、腰をカクカクと振っている。怖い怖い怖い!


 お前は、どこの踊る赤ちゃんだよ!

 あっ、この感じはわかったぞ。


「……お前もしかして、ニコラウスだろ!」

「オギャー!?」


 バレたかーみたいな衝撃の顔をする赤ん坊。

 これは、赤ん坊のできる表情ではない。


「やっぱりそうか……」

「タケル、よくわかりましたね」


 うん、まさかとは思ったから若干当てずっぽうで言ったけど。

 ライル先生の産んだコイルに、転生者疑惑があったからそれがヒントになった。


 あのしぶといホモ大司教なら、混沌に飲み込まれて死んだあげく赤ん坊に転生してアビス大陸に爆誕してもなんら不思議はない。

 そこら辺は、もうどういう理屈でそうなったのかとか考えたら負けの世界である。


「オギャ」

「あっ!」


 ニコラウスが転生した赤子は、ピューとダッシュしてぴょんとジャンプして、リアの手から『白銀の羽根』をペチっと一枚奪うと急にしゃべり始めた。


「あー、テステス、マイクテス……僕には夢がある! よし、これで会話できますね」


 渋い声で赤ん坊がスピーチし始めた。

 もうなんか付いていけないぞ、この展開。


「音声変換の神聖魔法ですね。赤ん坊のオギャーも変換できるみたいです」

「そんなのあるのか?」


 アーサマ教会の神聖魔法、変な方向に便利すぎるだろ。

 何の必要があってそんなの開発したんだ。


 混沌も混沌だけど、アーサマ教会もアーサマ教会だよ。

 合わせ技で俺の正気を削るの止めてくれよ。


 そんな俺の悲鳴もむなしく、赤ん坊に成ったニコラウスは聞いてもいないのに事情を話し始める。


「やれやれ、本当に苦労しましたよ。混沌に飲み込まれて、地獄のような、天国のような、筋肉のような異界からようやくここまで、自分を見失わずに戻って来ましたァァ!」

「うん、そこら辺の事情は細かくは聞かないから。とりあえず現世に戻れてよかったな」


「なんですか! 私のエクセレントな大冒険譚を聞かないんですか、ヘイヘイヘーイ」

「まったく興味ないから」


 地獄と天国はわかるけど、筋肉のような異界ってなんだよ。

 いや話すなよ。


 混沌世界の話なんか聞いたら、こっちまで正気が削られそうだ。


「相変わらずイケズな勇者ボーイですね、貴方はヘーイ」

「赤ん坊がボーイって言うなよ! お前も、赤ん坊に転生してもまったく変わらずにウザいな、びっくりするわ」


 もうちょっと可愛らしくしとけよ。

 見た目は可愛らしい赤子なのに、腰を振りまくる奇怪な踊りをするせいで、一瞬でニコラウスとわかってしまう辺りがニコラウスである。


「ところで、ここはどこなんですか勇者ボーイ?」

「アビス大陸だよ」


 赤ん坊がボーイっていうの止めろ。

 そのセリフ、気に入ったのか。


「ほう、アビスとは海の向こうの大陸でしたよね。かなり遠くまで来てしまいましたねえ。これもまた、アーサマの思し召しと甘受しましょう」


 相変わらず、すごいなアーサマ教会関係者。

 自分が赤ん坊になったのも、アビス大陸に飛び出てきたのも、全部アーサマの思し召しで納得できるのか。


 ともかく、ここの居てもしょうがないのでローレンタイトに戻ると。

 なんか、立って歩くニコラウスを見た聖母軍が「女神の子だ!」と賞賛して、崇め始めた。


「おーう、なんと敬虔なる女神アーサマのボーイ達なのでしょう!」


 踊って布教する赤ちゃん人間と化したニコラウスは、聖母軍にとって女神アーサマが遣わした奇跡と見えたらしい。


「ニコラウス」

「ヘーイ、なんですか勇者ボーイ?」


「実は俺がここに来たのは、アーサマの神託があったからなのだ」

「なんですとー!」


「さっきアーサマの思し召しと言っていたが、この迷える子羊達を導くのがお前の新たなる役割だぞ」

「そうだったのですか、さすが勇者ボーイ!」


 よしよし。

 このままニコラウスをおだてて、聖母軍のリーダーにしてやろう。


 俺は、アビス大陸の地図に『白銀の羽根』を添えてニコラウスに渡してやる。


「アビス大陸の奥地には、まだ見知らぬ土地があるそうだ。こいつら敬虔な信徒と共に探検していくのが、この『白銀の羽根』と共にお前に与えられた新たなる使命なのだ」

「イヤッッホォォォオオォオウ! なんたる光栄なるジェネシス計画!」


 赤ちゃんになったニコラウスは、奇声を上げて飛び上がった。

 ふふ、どうやら話に乗ってきたようだな。


 実は、アビス大陸の開拓はまだ全然終わっていない。

 モロク州やダゴン州の奥地には、人の手の入らぬ広大な荒野が広がっている。


 そこには、人族とも魔族とも付かない不可思議な部族や魔獣などがウヨウヨしているらしい。

 様々な異界を乗り越えて転生したニコラウスならば、かなりの難行になる探検計画も遂行できるだろう。


 一見すると何の役にも立たない聖母軍だが、着の身着のままにこの広大なアビス大陸を南から北まで横断してきた踏破能力だけはガチである。

 ボロをまとっただけで、少しの食事と酒さえあれば文句一つ言わずに歩き続ける優秀な探検隊になりうる。


 少数だけはこの広大な領土の輸送や治安維持のための要員として残し。

 大部分をそのままアビス大陸のフロンティアを開拓する大探検隊として派遣する構想である。


「頑張ってくれよニコラウス。食糧などの援助は惜しまないからな」

「わかりました! 皆の者、偉大なるアーサマの御名とともに! 新たなる天地を求めてジェネシス計画を遂行するのです!」


 ニコラウスがそう炊きつけると、聖母軍も「うぉぉおお!」と盛り上がり始めた。

 よしよしと俺が見ていると、後ろからカアラに話しかけられる。


「国父様、未開地を探検と言っても、何か価値があるものが見つかるでしょうか?」

「奥地に何があるかを調査してくれるだけでも助かるんだよ。露出した資源を発見したり、なんか珍獣でも捕まえてきてくれれば御の字ぐらいに思っている」


 おそらく当面は黒字にはならないだろうが、アビス大陸の今後の未来を考えれば長期的な投資にはなりえる。

 ニコラウスと聖母軍を同時に僻地に厄介払いもできるし、一石二鳥だ。


「タケル、わたくしの神聖ステリアーナ女王国はどうしましょう?」

「もちろん国としては残すが、さすがに領土が広大すぎるから内陸のタゴン州の領域だけな」


 リアの神聖ステリアーナ女王国は、奥の僻地に小さく作ってやろう。

 実は、穏健派魔族のタンムズ王国や新生アビスパニア女王国が人族と魔族の共存を目指す国に変貌したので、それに従わない旧教会の関係者や熱狂的なリリエラ信者など厄介な連中もいるのだ。


 このまま弾圧したら潰すこともできなくはないだろうが、内戦になる恐れもある。

 そういう頭の硬い連中は、全部神聖ステリアーナ女王国に吸収させて大陸の奥地で細々と荒地の開墾でもしてもらおう。


 急激な改革は新たな戦乱を招くから穏便にいこう。

 どうせこれから交易が盛んになるから、大きな港を持つタンムズ王国や新生アビスパニア女王国が発展するに決まっている。


 その時、内陸に小さな宗教国家があっても構わないだろう。

 魔族と人族が共存して、仲良く交易することが利益になることがわかれば、次第に考えも柔らかくなろうだろうし。


 暴走したところで女王はリアだから、最低限のコントロールは効くしな。

 さて、聖母軍の始末が済んだところで、今度はカアラが新しく作る魔国のことも考えないといけないか。


 俺はアビス大陸の地図を見て、オラケルが治める大魔王国を作るならば。

 大魔王イフリールが元々治めていた魔都ローレンタイトのあるニスロク州からその奥のモロク州あたりかなと目算をつける。


「あの国父様」

「どうしたカアラ、お前の欲しがってた魔王国の話をするんだぞ」


「そろそろ日も暮れてまいりましたし、先にお食事をなさいませんか。オラケル様も少しお疲れのご様子です」


 ああ、もうそんな時間か。

 久しぶりだったからもあるが、やはり仕事の話になると時間を忘れるな。


 小さい子や赤ん坊もいるから無理してもよくない。

 赤ん坊のご飯は、カアラもリアも乳が出るから大丈夫なのだが。


「国父様、暇を見つけて魔王宮殿を使えるようにしてあります。まだ改装中ですので、皆様がご滞在される王宮としてはやや格が低いですが」


 カアラは、いつの間にか破壊されていた大魔王の宮殿を再建していたらしい。

 外側からだと廃墟に見えたのだが、中は綺麗に修復されており食堂や寝室は使えるようにしてある。


 食堂には温かい食事まで用意されていた。

 どうやってやったのかとカアラに聞けば、きっと魔法と答えるだろう。


 酷幻想リアルファンタジーは、ちまちま内政の手配をやるのがバカらしいぐらいの魔法万能世界だからな。

 そりゃ科学の発展スピードも遅れるというもんだ。


 夕食を食べたら、子供達は眠くなった様子。

 ご飯食べながら眠くなってるオラケルは可愛らしいが、さっさと休ませてやらないとな。


「国父様がお好きなお風呂も直してありますので、そこでみっちりと新しい魔王国のお話をしませんか」


 カアラが俺の肩に手を触れながら、そんなことを提案してくる。


「うむ、でも子供達を寝かしつけてやらないと……」

「子供の面倒ならワシが見といてやろう」


「オラクルがしといてくれるのか」

「ワシはもうタケルの子を孕んどるからな」


「えっ、オラクルまた妊娠したの?」

「なんじゃ、お主が出産プレイしたいって言ったから頑張って妊娠してやったのに」


「そんなこと言ってないだろ、子供の前で人聞きの悪いこと言うの止めて!」


 俺はオラケルの出産に立ち会えなかったのが残念だって言ったんだよ。

 オラクルに手を引かれているオラケルは、かなり眠たいのは半分瞼が閉じてるので良かったけども。


 でもまあ、オラクルが子供ができたというからできたんだろうな。

 エンシェント・サキュバスのオラクルは、わりと自由自在に妊娠したりしなかったりできるようなのだ。


「なんじゃ、タケルはワシに子ができて嬉しくないのか?」

「それは嬉しいよ。嬉しいに決まってるだろう」


 なんだかんだで、俺はオラクルが大好きだから。

 子ができたら嬉しいに決まっている。


「そう素直に言えばいいのじゃ。じゃあ、子供はワシが寝かしつけて置くから、タケルはしっぽりと子作りに励んでおけばいいのじゃ」


 いや、そんな話しじゃないだろ。

 新しく作る国をどうするかって話なんだから……。


「ハイドラも、どんどん国父様の子を産んでくださいね。アビス大陸はやたら広大で領地がやたら余ってますから、産んだら次々と領地を与えて、全員魔公爵にしてあげますよ」

「ほ、本当ですか。はぁ、もう、そんな事聞かされたら私……」


 ハイドラは感激しすぎたのか、その場で足を震わせてストンと座り込んだ。


「ちょっと是非もなく待ってください。魔族ばっかりずるいですよ。アビス大陸は一国でもやたら領地が広いんだから、うちの女王国だって子供はもっと必要なはずです!」

「じゃあ、リアさんも相談に参加すればいいですよ。減るもんじゃないし、分け合えばいいです。特にリアさんは、国父様を回復させられますから歓迎ですよ」


 ……そうだな。

 俺が大変なだけだもんな。


 そんなわけで、このあとしっぽりと搾られましたとさ。

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