第271話「魔獣上陸」
後方陣地より戦況を観測して、老将マインツは白い髭をさすりながら呟く。
あの大魔法でも、魔獣は押し止められなかった。
「やはり、水際で魔獣の上陸を防ぐのは無理でしたね。いかがいたしますか、サラ代将閣下?」
タケルがいなくなった砲台陣地では、サラちゃんが総司令官である。
まだ十歳にも満たない幼帝エリザベートに仕えているマインツは、十五歳の少女将軍にも柔軟に仕えてみせる。
「もちろん、大攻勢よー!」
サラちゃんが、そう叫ぶと「うぉぉおお!」と兵士達が喜んだ。
気迫に満ちた叫び、みな血気に逸っている。
その気迫を反映するかかのようにメラメラと燃え上がる炎の鎧を身に着けたエレオノラが進み出る。
「では代将。まず我々騎士隊が、敵を撃ち果たしてこよう」
「じゃあ、エレオノラ将軍に先方はお任せするわ。私が本軍を
「心得た……誇りある騎士達よ、今こそが名を上げる好機ぞ! 魔獣ドラゴンを倒せば、かのルイーズ卿と同じく竜殺しの英雄と末代まで讃えられん!」
エレオノラの扇動は、栄誉を何よりも求める騎士達の誇りを刺激した。
騎士隊はみんな、意気軒高である。
総司令であるサラちゃんも、それを見て嬉しそうに頷く。
その傍らで、老将マインツは白い髭をさすって考える。
これほどの士気の高さならば、恐ろしげな魔獣を相手にしても臆せず戦えはするだろう。
マインツは、微笑んで進言する。
「ホッホ、まさに気炎万丈ですね。では、サラ代将。私が予備兵力を使い陣地の防衛に当たり、後方よりさらに援護いたします。攻勢のちに、それで撃ち漏らした魔獣を陣地を利用した防戦で叩く、二段構えの策でいかがですか?」
「確かに砲台の防衛は最重要ね。マインツ将軍ー。穴熊と呼ばれたその力に期待してるわよ。陣地の防衛は万事任せるわね」
「ハハ、心得ました」
そう頭を下げ、サラ達若いものが出陣するのを見送ってから、老将マインツは考えを進める。
あの大艦隊を打ち破り、
だが、せっかくの騎士隊だ。
その突撃力を活かすために、迎撃に出るのもそう悪い判断ではない。
問題はその次の手。
机の上に置かれた戦略地図を見れば、幸いなことに砲台を守る要塞の構築はよくできている。
これは有能な人材がいるなと、マインツは尋ねる。
「この要塞を作ったのはどなたですか?」
「私がやりました。マインツ将軍」
進み出たのはサラちゃんの副官、ミルコ・ロッサである。
サラちゃんの下を離れなかったが、彼はタケルが秘書官にしたがったほどの逸材である。
サラちゃんを守り補佐するために、軍略もよく学んでいる。
しかも、マインツと同じ守将タイプ。
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「これは失礼しました。サラ代将の補佐官を務めるミルコと申します」
「これは、よくできた防塞ですよ。敵は巨大な化け物ですから、それを考慮して……敵の勢いを殺す形ですね?」
「はい、マインツ卿のご明察通りの考えで作りました」
若者らしい柔軟な考えに、マインツは感心した。
「貴方にも、防戦の構えのお手伝いをしていただきたいですね」
「もちろんお手伝いいたします。卿にそう言っていただけて光栄の極みです!」
「防戦にあたり、何か提案などあれば聞かせてください」
「それでは万が一のことでありますが、出撃した味方が撤退した場合、引き入れるための策も必要かと思い考えてはあります」
ミルコくんは、サラちゃん達の突貫が上手くいかないことを見越して、後退する場所を作る準備までしている。
これはもう付け加えることがない。
「君は本当に筋がいいですね。では君の策を活かす形で防戦にあたりましょう」
「ハッ!」
この金髪の愛らしい顔をした若者は、よく先まで見越して考えている。
苦労人そうなミルコの面構えを見るに、マインツはどこか共感めいたものを感じていた。
マインツも、もう引退だ。
自分のような功のない戦ばかりをする損な役回りを若者にはさせたくないと、ここまで誰にも教えずに来たが、一人ぐらい弟子がいてもいいなと思ってしまった。
聡明そうな若者だ。
何かを教えれば、乾いた砂が水を吸うように吸収するだろう。
あの猛々しい少女将軍の補佐官ならちょうどいい。
この戦争を通して、できる限りの教育をこの若者に施してみるのも一興かとマインツは考えていた。
それは未来への備えだ。
マインツはもちろんこの防塞を守りきり、大魔神を倒して世界を救うつもりでいる。
老将の小さな眼は、まだ幼さの残る金髪の若者に未来を見ていた。
※※※
将軍達がそんなやり取りをしている間、
「ぎゃぁぁ、街が! うちのリスポンの街が燃えているぅぅぅ!」
「ちょっと暴れないでくださいよ」
シェリーが止めても聞かない。
砲手を務めるウェイクがこいつは何を騒いでるんだと笑っている。
「住民の避難はもう済んでるんだろ。なんで慌ててるんだ?」
ウェイクの質問にも答えず、引きつった笑いを浮かべながらレブナントはあたふたしている。
「アヒャァァ、我が国の国際港湾都市になるはずだったのにぃぃ!」
大魔神の襲来は、その被害を受けるカスティリア王国にも多少の旨みがあった。
世界各国の同情と援助、それによって半月足らずで瞬く間に大規模な国際港湾都市に成長したリスポン。
もしも無傷で残れば、これで国際都市ができると内心で考えていたレブナントの目論見が、目の前で魔獣の群れに蹂躙されていく。
このまま大魔神まで上陸すれば完全破壊だ。
「ええい、もう発射ですよ、発射ぁぁ!」
「ちょっとレブナントさん、まだ発射には早いです。大魔神をもっと引きつけないと、ちょっと誰か、この人を何とかしてください!」
万が一外しでもしたら世界は終わりなのだ。
世界の危機の回避より自国の利益を優先しそうなレブナントは、周りの魔術師達に羽交い締めにされた。
「やれやれだな」
ウェイクは肩をすくめて笑っている。
レブナントが発射と騒いでも、魔術師全員が魔力を送り込んでウェイクが撃たない限り、
「実際のところ、後どのくらい引き付けるかも問題なんですけどね」
魔力充填のタイミングを決めるのはシェリーだ。
だが、計算ではどうにもならない部分もある。
理想を言えばギリギリまで引きつけて撃ちたいのだが、すでに魔獣の群れが街を破壊し始めている。
陸軍の砲台防衛がどこまで持つかとの兼ね合いなのだ。
そこは、砲手のウェイクにも意見を聞く。
「大魔神の身体が、完全に陸に全部上がりきってから撃ちたい。敵が見えないと当てにくいからな」
ウェイクがそういうのは完全に勘ではあるが、射撃の
そして、それは
「……ですか、ではそのタイミングに魔力充填を合わせます。魔術師のみなさんは準備をお願いします」
確信を深めたシェリーは、統括していたレブナントに代わって魔術師達に指示を送ることにした。
あとは、発射のタイミングまで陸軍が魔獣の進行を抑えてくれるかにかかっていた。
※※※
カアラの放った全力のメテオ・ストライクでも抑えきれず、魔獣の侵攻を許したリスポンの街では、ルイーズが指揮する少数の騎兵が後退戦を行なっていた。
「さすがルイーズ様だな、人間業とは思えない」
シレジエ王国近衛師団長のジルの呟きに、近衛騎士団長のマリナも栗毛色のポニーテールを揺らしてブンブンと頷く。
ルイーズと共に戦いたいとリスポン防衛に参加した二人は、軍馬を巧みに操って魔獣ドラゴンと戦っているが、ルイーズはもはや戦闘に馬を必要としない。
大の男が両手でようやく扱えるオリハルコンの大剣と竜殺しの大剣を左右に持って、街の建物の壁を飛び移りながら次々と迫りくる魔獣の首を落としていた。
その圧倒的な強さ、スピード、まさに鬼神の如きである。
アビス大陸で、ルイーズが女勇者と呼ばれるのも無理はなかった。
魔獣である竜を屠り、その肉を喰らい続けた肉体はすでに人間の限界を突破していた。
しかし、魔獣の死体の山を築くルイーズですら、なだれうつ魔獣の群れの数の多さを抑えきることはできない。
次第に追い詰められ、その度に後退していき、気がつけば街の外。
「二人とも、もう十分だ。後退するぞ!」
「はい!」
街の各所に張られたバリケードは随所で突き破られているが、その際には仕掛けられていた爆弾が爆発して魔獣を潰していく。
直前までライル先生が張り巡らせていた罠であった。
カアラとライルが撤退する時間は稼いだ。
上陸に際して敵に痛手を与えて数を減らす目的もすでに達せられている。
魔獣の上陸を許しても、抵抗線は遥か後方なのであとは逃げの一途。
ルイーズに従い、ジルとマリナも踵を返して逃げた。
息を切らして逃げるルイーズ達の後ろから、魔獣の群れが迫る。
そこに、防衛陣から突撃してきた騎士の一団が駆けつける。
「ルイーズ様、加勢に参りました!」
「なんだエレオノラ、出てきたのか?」
魔獣の群れに立ち向かって突進する騎士団。
身の丈が倍以上もあるドラゴン相手にも果敢に立ち向かう。
「でやぁぁぁ!」
「やった、クレマンティーヌ。私もぉぉおお!」
魔獣との戦闘経験があるベレニスとクレマンティーヌの二人は、特に奮闘する。
クレマンティーヌが巨大な魔槍を突き刺して、黒竜を潰すと。
ベレニスも剣を何本も叩きつけて、緑竜の頭を叩き落とした。
絶叫の雄叫びを上げて崩れ落ちていく魔獣達。
ジルとマリナが育てた女騎士達の活躍は目を見張った。
「我らもいくぞ!」
「おお!」
騎士団の突撃は決して無謀ではない。
獣との戦いを想定してできる限りの訓練をしていた。
決して一人では相手をせず、三々五々と集まって連携しながら魔獣と互角の戦いを見せる。
その後ろからは、サラちゃんが操る兵団の激しい援護射撃が弾幕を張った。
街のバリケードを物ともせず、圧倒的な突進力を見せた魔獣の群れが勢いに押し負けて割れていく。
突出を叱ろうとしたルイーズも、これには感心する。
戦術や武器が移り変わろうとも、戦の花形はやはり騎士。
そう思って誇らしくもなった。
しかし――
「なんだあれは!」
だがそこに、強大な魔獣の群れすらも飲み込んで。
さらに巨大な触手の肉の塊が、おぞましく蠢きながら巨大な津波のように天を覆ったのだった!
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